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ビジネス用語体系からみる中堅中小企業の構造的欠陥と克服法

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日本を復興させた産業革命(industry)

高度経済成長期とは

高度経済成長期とは、物価以上に給与が上昇していた時代です。

50年代の朝鮮特需とその後の好景気によって戦後復興を成し遂げた日本は、経済成長の基盤となる資本が蓄積され、64年の東京オリンピックに向けて高速道路や新幹線などインフラも整備されました。

そして、海外経済の景気回復を受けて輸出が伸びたことで生まれた「いざなぎ景気」は、実質GDP成長率10%超える高度経済成長期を代表する時期でした。

もっとも、70年代中盤から始まる安定成長期には、既に給与の上昇率が鈍りだしています(上記画像参照)。

日本型経営の誕生

内閣府がまとめた日本企業の特徴の多くは、人口がまだ増加し、景気の良かった50年代から70年代にかけて生まれました。

終身雇用は人口増加時代の雇用確保のインセンティブとして生まれ、その終身雇用と共に採用された年功序列が多くの内部昇進経営者を生み出しました。

高度経済成長期の成長速度の違いと国際競争激化で苦境に立たされた中小企業の多くが、大企業グループへの加入や系列化を選択し経営を安定させます。

いわゆる「護送船団方式」により国に守られた銀行中心の金融システムが高度経済成長に大きく貢献したことで、資金調達は欧米とは異なり間接金融が中心となったのです。

高度経済成長期には10%を超えていた給与上昇率も73年の石油危機を機に鈍化し始め、資産売却と下請け単価切下げを合せた減量経営が日本企業のスタイルとなりました。

減量経営は80年代日本製造業が世界一になる際の価格競争力を支えるメリットとなりましたが、バブル後はコスト意識が強まり、情報革命への対応を遅れさせるなど、新しいことへの挑戦への高い壁となっています。

日本の衰退を加速させた情報革命(Web)

日本を成長させ、衰退させた原因は3つあると考えます。

日銀による金融政策、日本企業の力、内需の力の変遷です。
この3つがうまく連動することで日本経済は成長し、連動しなくなったことで衰退し始めました。

特に産業革命から情報革命への産業構造の変革期に、イノベーションが求められたにもかかわらず、正反対の環境が日本企業と内需に出来たことが衰退を加速させました。

金利による景気のブレーキ

中央銀行の役割は物価の安定です。物価上昇が激しい時は政策金利を引き上げ、景気を抑制し、下落時には金利を引き下げ、景気を刺激するのです。

戦後からバブル期までこうした理論により物価を安定させてきました。

しかし、バブル末期、物価が安定していた(下記図表参照)にもかかわらず、不動産と株価高騰に対応して金利を引き上げたため、その他産業の経済活動まで抑制してしまったのです。

日本型経営のズレ

不動産価格と株価に連動した金利の引き上げにより、企業の経済活動が抑制された90年代初頭、中国と東南アジアが勃興し、モノづくりの国際競争が激化しました。

さらに付加価値の源泉がモノづくりから情報処理に移行したため生産性が低下(下記図参照)。

この時期に日本企業が選択したのは、減量経営から質の追求を削ぎ落したコスト優先主義です。

内閣府「日本経済2004」によれば、95年に企業収益と給与・設備投資の逆相関(収益が伸びても現金給与・設備投資が抑制される)が強まったとのことです。

また、新陳代謝と多様性でイノベーションを起こして復活した米国企業とは正反対の終身雇用維持という選択で、抑制された景気を回復させる力を企業から奪ったのです。

生産年齢人口ピークアウト

景気を回復させる力を企業が失いつつあった90年代中盤に、内需も疲弊し始めました。

若者の労働力減少は高齢者の増加を意味します。特に買いたいものがない高齢者の資産は流動性が無く、内需を停滞させるのです。

その境となった95年は企業がコスト優先主義を強めた時期であり、現役世代の給与までも減少していきました。

経済財政諮問会議でイノベーションと高齢化の関係を内閣府は以下のように述べています。

「人口急減・超高齢化する社会では」「多様性が減少し、多くの知恵が生まれる社会の維持ができない」「新しいアイデアを持つ世代の減少は、経験豊かな世代との融合によってイノベーションが促進されることが期しづらくなる」。

ビジネス環境変化に対応できない日本の中堅中小企業の構造的欠陥

ビジネス環境変化に対する中堅中小企業の変遷

中小企業基本法をはじめ、国の中小企業施策は大きく3つの時期に分かれます。

日本経済が急成長を遂げる時期に大企業との格差が拡大し、国際競争激化とともにその傘下に入った時期。

バブル後の衰退の影響を大企業より強く受ける形で廃業率が開業率を上回った時期。

ビジネス環境の大きな変化と経営者の自然交代時期が重なった現在です。

国は現在の状況を中小企業にとってチャンスと捉え、その挑戦を支援しようとしています。

しかし、中堅中小企業の周りには、新しいことへの挑戦を妨げる事業環境が構築されているのです。

成長意欲を持ちづらい属性・事業環境

戦後形成されてきた事業環境は、中堅中小企業にとって挑戦意欲が持ちづらいものにしています。

中堅中小企業特有のオーナー経営の多さと、戦後からの時間経過がもたらした経営陣の高齢化、特定企業依存の取引環境は強い現状維持志向を生み出しました。

間接金融中心の資金調達と経営者保証の慣行は、失敗による損失リスクを高めています。

そもそも経営資源不足から挑戦失敗の可能性が高いのです。

挑戦によるリターンが小さいと認識させる事業環境

中小企業政策審議会資料によれば、挑戦によるリターンが小さいと認識させる事業環境が作られています。

①付加価値の価格への転嫁が困難な国内市場
②中小企業を優遇する補助金等
③中小企業経営者の魅力・社会的意義が十分に浸透していないこと
の3点がその要因です。

縮小する内需と特定企業に依存する環境では付加価値の価格転嫁は難しく、経営安定化のため系列化・グループ化を選択したことで、参考にすべき挑戦事例が日本には少ないのです。

構造的欠陥を克服する方法

世代交代・外部人材の活用

2020年版中小企業白書によれば、全国の社長の6割が60歳以上で、70歳以上も28.1%に達し、事業承継は中堅中小企業にとって最大の課題といえます。

直接金融による資金調達

間接金融と異なり、返済不要で投資家からの経営支援も期待できる直接金融のメリットにもかかわらず、中小企業経営者は検討もしていないとのこと(「激変する世界・日本における今後の中小企業政策の方向性」中小企業庁)。

投資家との接点が少ないこともその原因のひとつです。

おわりに

第2回記事では、ビジネス環境の変遷に、日本企業、特に日本の中堅中小企業はどう対応し、どう位置付けられてきたのかをまとめました。

日本の中堅中小企業は、90年代初頭までの日本経済の成長期に大企業との格差が拡大し、国際競争激化の中で系列化・グループ化を選択しました。

しかし、情報革命という産業構造の変化に大企業がうまく対応できず力を落としていくと、中堅中小企業はそれ以上に疲弊します。

しかも、こうした環境変化に対応できない構造的欠陥が中堅中小企業の事業環境に築かれていました。

第3回記事では、こうした構造的欠陥を克服し、生まれ変わった中堅中小企業の事例を紹介します。

著者:maru
2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。

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記事監修者

栗原 誠一郎
大阪大学基礎工学部化学工学科卒業。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(旧三和総合研究所)に入社。
経営コンサルタントの中核メンバーとして、人事関連分野を中心に活動。

2016年2月、20年来の業務提携関係にあった株式会社日本経営開発研究所にシニアコンサルタントとして入社。
2017年4月、株式会社日本経営開発研究所の代表取締役所長に就任。

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