エネルギー消費量削減の過程で売上増とコスト低減を同時達成した事例
企業の紹介
企業名: 株式会社大川印刷
事業内容: 印刷事業
資本金:2,000万円
HP:https://www.ohkawa-inc.co.jp/
事業の概要
1881年(明治14年)横浜市で印刷会社として創業。
2004年「ソーシャルプリンティングカンパニーⓇ(社会的印刷会社)」というパーパスを掲げ、社会的責任(CSR)活動を始めます。
石油不使用のインキと違法伐採材料不使用のFSC森林認証紙で製造する「環境印刷」と「サプライチェーンCO2ゼロ印刷」が特色です。
こうした活動を通じて様々な受賞歴と環境意識の高い世界的企業や団体との取引実績をあげています。
・主な受賞歴
2018年第2回ジャパンSDGsアワード特別賞(SDGsパートナーシップ賞)
2019年低炭素杯2019「審査委員特別賞」(環境省、文化科学省、国連広報センター後援)
2019年中小企業庁「はばたく中小企業・小規模事業者300社」選定
2021年印刷産業環境優良工場表彰 経済産業省商務情報政策局長賞
・グローバルな取引先
国連WFP協会
WWFジャパン
パタゴニア日本支社
神奈川県ユニセフ協会
脱炭素経営に取り組むきっかけ
脱炭素経営取組み以前からCSR活動を続けてきたところ、2015年国連が採択したSDGs(持続可能な開発目標)に経営者が着目、脱炭素経営が本格化します。
脱炭素経営の具体的内容
(1) 脱炭素経営数値目標達成状況
①2016年:エネルギー消費量削減目標達成
2021年に中小企業の印刷会社として初のSBT(Science Based Targets)認定を獲得。
②2019年:本社工場全体の再エネ100%化(RE100)実現
印刷時に使う電力の約20%は工場屋上の太陽光パネルで自家発電、残り80%は青森県横浜町の風力発電所の電気を使用し、再エネ100%を実現。
③2030年:Scope3(サプライチェーン全体を含めた消費量ゼロ)ゼロを目指しています。
(2)脱炭素経営の効果
①2018年:非常時でも事業継続に成功
電気取組み機器故障も太陽光の自家発電で直接電気を供給し復旧(顧客への支障なし)。
②2019年:前年比売上8%プラス、エネルギーコスト8%削減、売上高経常利益率1.8%増加
「環境印刷」することで、高付加価値・適正価格のサービスを提供。ESGに関心の高い外資系企業等との新規受注獲得に成功しました。
先進的な脱炭素経営の見学者(430名)のうち環境印刷に共感した見学者が新たな顧客となったケースもあります。
(3)脱炭素経営への従業員の積極参加
①SDGsと関連するプロジェクトを募集し社内チーム立ち上げ
従業員が印刷設備にアレンジしてSDGs目標を掲示。自分の言葉で仕事とSDGsとのかかわりを語れるようになり、現場見学者に対して担当している環境への取り組みを解説しています。
②若者従業員を中心とした「若者カフェ」というクラブ活動
定時制高校のイベントのセミナー講師として登壇。気候危機に関する情報発信を通じて担い手の確保を推進しています。
③横浜駅東口に社会課題解決型スタジオ「with GREEN PRINTING」開設社会課題解決に関する情報発信やイベント、交流の場として活用中です。
事例から学べる事
(1)素早く・徹底的に動くことで高付加価値・適正価格のビジネスモデル構築
中小企業の印刷会社として初のSBT認定取得など、グローバルな動きを素早く捉え、徹底的に追及することで高付加価値の提供を実現しています。社員40名ながら国連やユニセフ、Patagoniaなどグローバル機関・企業と取引しています。
(2)従業員の活躍の場を多面的に設け積極的な姿勢を醸成
工場見学の積極受け入れやSDGsの関連したプロジェクトチームなど会社内部での活躍の場だけでなく、「若者カフェ」や「with GREEN PRINTING」など、会社を代表として社会とかかわる場を設け、脱炭素経営への積極的な参加姿勢を醸成しています。
中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック事例①
https://www.env.go.jp/earth/SMEs_handbook.pdf
できることから少しずつ、省エネに着実に取り組んでいる事例
企業の紹介
企業名:山形精密鋳造株式会社
事業内容:鋳造部品製造、自動車部品等の製造、加工組立及び販売
資本金:1,000万円
HP:https://web-ysc.jp/
事業の概要
昭和61年、山形精密鋳造株式会社は、精密鋳造法による自動車部品等の製造、加工組立及び販売会社として創設。
同年11月、ロストワックス鋳造法の課題といわれていた低コスト量産システムを開発。国内生産で短納期・素早いレスポンスも可能なため、「ロストワックス鋳造のことならYSC」掲げるほど、現在までこの会社の強みとなっています。
国内に5つの工場、2つの営業所、1つの事務所を抱えるまで成長しています。
脱炭素経営に取り組むきっかけ
国内自動車全メーカーに納品実績があり、自動車産業に深くかかわる同社。
EV化の未来を見据えると、他産業で既に求められているように、サプライチェーン全体での環境化の取組が必要になる時代が来るとの見通しを立てていました。
2008年ごろ、当時の社長が京都議定書に関心を示し、温室効果ガス削減の取組は、将来的に自社の競争力強化につながるとも考え、脱炭素経営に取り組み始めました。
脱炭素経営の具体的内容
(1)各種支援機関のサービスを利用してエネルギー消費状況を把握
同社が利用したのは、山形県工業技術センターの電力等測定事業と一般社団法人省エネルギーセンターの省エネ最適化診断です。
まず前者のサービスにより工場の電力を測定。その結果、全体の6割の消費量を占める溶解電気炉はコアコンピタンスのため省エネは困難と判断しました。
そのため省エネ戦略はその他の工程を中心に進めることになりました。そこで省エネ最適化診断を利用することで、省エネ施策ごとの具体的な運用改善や設備投資のエネルギー削減額と投資額、回収年の提案を受け、実施すべき対策を絞り込みました。
(2)設備投資は全て国の補助金を利用
2014年以降、国の補助金を使ってインバータ付きコンプレッサーや高効率貫流ボイラー、LED 照明などを導入しています。
(3)従業員によるボトムアップが脱炭素経営を支える
月1回省エネ委員会を開き、現場からの運用改善アイデアを収集し会社全体で共有しています。
省エネ最適化診断の4割が運用改善提案であることからわかるように、アイデアは現場にあります。
そこで同社は月1回その収集と実装化のため時間を割いているのです。
現場のアイデアである暗黙知はグループ内部での意味のある直接的・継続的な対話により表出化されます。
これによりPDCAが回り、脱炭素経営が継続できています。
事例から学べる事
(1)経営陣が大局を捉え素早く動く
自社の業界のみに目を向けるのではなく、より大きな世界的動きを捉えることの重要性をこの事例は教えてくれます。
同社は主要な取引相手である自動車業界ではまだ慣例化されていない、脱炭素サプライチェーンの世界的動きを捉え、素早く対策をとっています。
将来のEV化がほぼ確実な自動車業界であることから、こうした動きは起こしやすい面もありますが、機会喪失を回避するうえでも規制・制限への対処リスクを軽減するうえでも早めに動くは重要です。
(2)省エネの第一歩は「ムダの見える化」から
省エネ最適化診断の提案の4割は費用のかからない「運用改善」とのこと。
同業他社との比較・測定器を使った見える化・組織課題の見える化などの「ムダの見える化」が省エネの第一歩とし、診断項目でも「エネルギーの見える化」という分野を設け重視しています。
同社も最適化診断を受けて施策を絞り込みスムーズに脱炭素経営をスタートさせました。
中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック事例②
https://www.env.go.jp/earth/SMEs_handbook.pdf
おわりに
いずれの事例も、経営陣が大局を見て素早く動き、従業員が積極的に参加して脱炭素経営をより良いものにしています。こうした状況を第一章事例では「従業員の一人ひとりが担う脱炭素経営」、「全従業員SDGs担当」第二章事例では「きっかけはトップダウン、継続はボトムアップ」という言葉で表しています
特に最初の事例では会社内部だけでなく外部にも従業員のアウトプットの機会を設け脱炭素経営への積極的姿勢を醸成しているのです。
こうした姿勢が、顧客価値と結びついて高付加価値を実現し、印刷業における脱炭素の徹底というグリーン・オーシャンで、適正価格でのビジネスを成立させています。
著者:maru
2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。