ビジネスアジリティ実装化全体像
伝統的な組織とアジリティな組織の違い
伝統的な組織形態として一般的な日本企業の成果主義が上げられます。PDCAループにおける中期経営計画の成果を従業員に求めるものです。
しかしこのモデルが時代の変化(VUCA等)に対応できないことから近時「両利き経営」や「ティール組織」が話題となっています。いずれもOODAループの考えを取り入れたものといえます。
両利き経営は日本企業でもイノベーションを生み出せるとして近時話題となっています。
しかし、全く異なる組織形態を併存させるにはそれなりの経営資源やシステム構築、そして経営者側が戦略思考をしっかり持たなければなりません。経営資源の少ない中堅中小企業での導入は難しいでしょう。
この点、OODAループに特化したティール組織が理想のように思えます。しかし、管理者が存在しないのでメンバーには高いセルフマネジメント能力が要求されるため、管理できないことで情報共有が遅れ、組織的対処を必要とする顧客ソリューションの実現が難しくなります。
OODAループに関する日本の権威、神戸大学原田勉教授もOODAループを回すには管理者側のPDCAが不可欠としています。
もっとも、通常のPDCAではなく、予算の大枠以外のPD(目的達成権限)は現場に委譲し、方向調整・修正のためCAを実践すべきとのこと。目指すべきアジリティ組織はOODAループを円滑に回すためのPDCAを持つ組織です。
参考:「【対談】OODAループが機能する組織づくり。マネージャーが取り組むべき「仕組み化」とは。」経営人2022/04/13
アジリティな組織の全体像
アジリティな組織は、変化する顧客ニーズ・課題を素早く把握し、ソリューションを提供できる組織でなければなりません。
従って、顧客に身近な現場での情報資本を第一義と考え、次に、情報を扱い・ソリューションを提供する人的資本、最後に情報環境を整える組織資本がくる組織が必要です。
P(計画)を策定し、成果を管理する組織資本を第一義とするPDCAループとは全く異なる組織構造なのです。
(1)情報資本の役割
可及的に早く情報を取得し、変化したニーズ・課題を把握、情報を使えるものにする(ソリューションを創出する)仕組み作りが情報資本には求められます。
(2)人的資本の役割
現場活動を活発化させるため、成果ではなく学習が評価される「学習KPI」を導入し、失敗を恐れないマインドセットを従業員にもたらすことが必要です。
(3)組織資本の役割
情報資本を支えるデジタル化のための積極投資、現場への権限委譲を可能とするOneTeam(パーパス)文化の醸成が組織資本に求められます。
ビジネスアジリティ実装化ノウハウ
環境認識ノウハウ
参考:「[新版]ブルー・オーシャン戦略―競争のない世界を創造する」
W・チャン・キム、レネ・モボルニュ (著) ダイヤモンド社2015/9/4
伝統的な組織との一番の違いは、環境観察から企業活動が始める点です。
現場では、既存顧客を深く探索し変化するニーズ・課題を素早く把握しなければなりません。
日本有数の営業組織を持つキーエンスでは、ターゲットの業界構造を理解するだけでなくそのお得意様を訪問しニーズを把握、ターゲットへの初回訪問時にいきなり課題を突く提案するとのことです。
現場を観察し状況を理解するにはここまで要求されるのです。
もっとも、OODAを支えるため、経営管理部門もPDCAループを回す必要のあるアジリティ組織では、既存のビジネスモデルの衰勢や戦略的方向性を判断するため、経営陣もマクロ環境を観察・状況理解する必要があります。
現場では深く、経営陣は広く浅く異なる対象を観察し、異なる視点で状況理解することで、リアルな顧客ニーズ・課題に対応しつつ、現場に権限委譲しても問題のない、企業の目指すべき方向性を同じくするOneTeam活動が可能になるのです。
迅速対応ノウハウ
・参考:「[新版]ブルー・オーシャン戦略―競争のない世界を創造する」
W・チャン・キム、レネ・モボルニュ (著) ダイヤモンド社2015/9/4・参考:「OODA LOOP(ウーダループ)」神戸大学大学院経営学研究科・経営学部
原田勉教授によれば、OODAループは4つの過程をほぼ同時に、直感的に対応すべきものとしています。
一方、ビジネスアジリティの専門組織「ビジネスアジリティ研究所」はOneTeamとして戦略的方向性を合せることがあって初めて現場に権限移譲できることを強調しています。
現場で直感的に対応するとしても戦略的フィット感に関しては経営管理者側と合意を要し、事後的なチェック段階でもその予実判断すべきと考えます。
組織づくり
(1)アジリティな情報資本
可及的に早く情報を取得し変化したニーズ・課題を把握、情報を使えるものにする(ソリューションを創出する)ことが情報資本には求められます。
そのため、情報の扱い方・活かし方を従業員に身に着けさせる情報教育が欠かせません。
その情報には現場で生まれたアイデアや職人の技法も当然入るので、定期的なミーティングや現場リーダーとの会話によりアイデア・技法を文字化・データ化しなければなりません。
こうして集まった情報は、経営管理者側のマクロ情報や戦略的方向性に関する見解とともに、組織全体で共有する仕組みを作ることも必要です。
第3回記事第一章の事例では、従業員を巻込んで会社の長期的な課題を話し合う場を設け、情報教育と情報共有する仕組みをつくっています。
(2)アジリティな人的資本
情報を扱い・活かす能力を持っても、失敗を恐れ行動に躊躇していてはアジリティな組織とはいえません。
そのため、成果ではなく学習したことが評価される「学習KPI」を導入し、失敗を恐れない成長マインドセットを促す環境づくりが必要です。
こうした環境でこそ一人ひとりの起業家精神が養われ豊かな発想が生まれるのです。その発想のバックボーンとなる知識や技術の育成・維持・伝承も忘れてなりません。
(3)アジリティな組織資本
アジリティな組織における組織資本の役割は情報に接する現場を支える仕組み作りです。
その中心は現場に権限委譲しても方向性を同じくなるようOneTeamの組織文化を醸成することです。
そのためにはPDCAループの伝統的な組織でみられるようなM(ミッション)V(ビジョン)V(バリュー)のような上意下達の方向性ではなく、従業員やステークホルダーの思いも含まれるパーパスによる戦略的方向性を示すことが理想です。
そのパーパスを浸透させるのも経営管理側の重要な役割です。第3回記事第二章の事例では社員がいつも携帯する社員手帳に明記し、朝礼や全体会議等で読み合わせを徹底しています。こうすることで社員一人ひとりが顧客目線で主体的に判断できる環境をつくっているのです。
また、デジタル化や国際的な人員の採用など、収集した情報を多角的な視点で迅速に分析・ソリューションを発想できる環境づくりのための投資に積極的でなければなりません。
第3回記事第一章事例では新市場創出のための積極的な投資により事業機会を掴んでいます。
さらに、顧客に最適なソリューションを提供するためステークホルダーと戦略的なパートナー関係になれるエコシステムを構築しておくことが、経営資源の少ない中堅中小企業には特に望まれます。
第3回記事第二章事例では商社としての情報・ネットワークを活用し12社を結びつけ新たなビジネスモデルを創り上げました。
おわりに
今回は中堅中小企業が実装化できるビジネスアジリティの形を提案しました。
昨今話題の「両利き経営」は経営資源の問題で中堅中小企業への導入は難しく、管理者のいない「ティール組織」は、メンバーのタスクが限定される介護組織やSAなどを除き、多くの業種業態にとっては現実的な組織形態ではないでしょう。
そこで、多くの中堅中小企業が実装化できるアジリティな組織として、原田勉教授が提案する「現場のOODAと経営管理のPDCA」という組織形態を中心に実装化ノウハウをまとめました。
第3回記事ではビジネスアジリティな環境認識を整備した事例とステークホルダーと組んで迅速なソリューションを提供した事例を紹介しています。
著者:maru
2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。