リセッション時の対応方法総論
一般に自然災害や経済危機に備え、BCP(事業継続計画)を作っておくことが奨励されています。
しかし、「2021年版中小企業白書」(中小企業庁)によれば、中小企業が経営危機を乗り越える上で実際重要だった取組について、危機前は、「新事業分野への進出、事業の多角化」が最も高く、危機下では、「資金繰りの改善」が最も高い。その他に次のようなものが取り上げられています。
・新製品・サービスの開発・提供(第3回記事第二章事例参照)
・従業員の能力開発・トライ&エラーの環境
・海外ビジネス戦略の見直し
既存事業の継続・早期回復よりも、危機をチャンスとして活かすことが、リセッション時にとるべき対応として、実際には重要なのです。
これらを踏まえ、リセッション時の中堅中小企業の対応方法をまとめると次の3つになります。
①財務状態や経営戦略に見合った柔軟な資金調達方法を獲得し
②レジリエンス(回復力・耐久力)な組織をつくり
③リセッションをチャンスとして活かす
柔軟な資金調達方法の獲得
リセッション時の資金調達の重要性
「2021年版中小企業白書」によれば、手許現金の量は、2020年3月のコロナ禍以後、3か月未満との回答割合が減少し、3か月以上と回答する企業の割合が増加、現金確保思考が高まっています。
リーマン・ショック時に上場企業が『黒字』倒産、つまり資金繰りに困窮して経営破綻する企業が不動産・建設関連を中心に急増したことは記憶に新しいです。
中小企業の資金調達手法の傾向
実際の中小企業の資金調達事情はどうなのでしょうか?
同白書によれば、コロナ禍で以下のような傾向が見られます。
(1)「デット・ファイナンス」(融資)
・アベノミクス(黒田総裁)以降、金融機関からの貸し出し・リスケジュールはスムーズ
・コミットメントライン(銀行融資枠)は12年から増加傾向
・資本制劣後ローン(デットとエクイティの中間でエクイティと異なり返済必要)が政府系金融機関から民間金融機関にも拡大中
(2)「エクイティ・ファイナンス」(資本を増やして資金調達(返済不要))
・中小企業では家族経営が多いのでエクイティ活用は低く、活用意向ある企業は1割未満
・中小企業成長支援ファンド活用して家族経営から企業経営に脱皮する例も
(3)「アセット・ファイナンス」(資産の現金化)
・コロナ禍で宿泊・飲食業はアセット・ファイナンス活用で大幅資産減少
・リーマン・ショックなど経済危機では製造業や卸売業で利用が多く、東日本大震災など自然災害では宿泊業や生活関連サービス業で利用が多い傾向がある
(4)「オルタナティブ・ファイナンス」(ネットを活用した資金調達全般)
・クラウドファンディングは、不特定多数の個人からの資金調達で「融資型」「購入型」「寄付型」がある。認知度9割、実績の活用意向は5%程度
・トランザクションレンディングは、EC上の販売実績や消費者レビュー、決済情報などデジタルデータをAI等が分析し融資の可否を判断するもので、業績が浅くまだ黒字化できてい中小企業でも、無担保・無保証、最短当日借入可能な資金調達方法です。
もっとも、返済期間が短く金利も高いため、実績の活用意向は2%程度(認知度5割)にとどまり、活用できるビジネスモデルも限定される(第3回記事第一章事例参照)
資金調達手法の特徴をまとめると以下のように分類できます。
・突発的な資金需要には、コミットメントライン、トランザクションレンディング
・戦略見直しには、資本制劣後ローン、エクイティ・ファイナンス
・販路開拓・試作品開発・ブランティングには、クラウドファンディング
こうした特徴を踏まえ、自社の財務状態や経営戦略に見合った資金調達ポートフォリオを構築しておくべきでしょう。
レジリエンスな組織づくり
レジリエンスとは
BCPのデメリットである日常業務との乖離を回避し、企業活動のデジタル化の進展により早期回復が可能になったことを背景に「回復力」や「耐久力」と訳されるレジリエンスが組織に求められるようになっています。リセッション時のチャンスを活かして飛躍する支えになります。
レジリエンスな組織づくりのポイント
世界的なプロフェッショナルカンパニーPWC「レジリエンス指数を高めるために‐Digital Trust Insights」によれば、レジリエンスな組織づくりのポイントは、企業コアの明確化とそのリアルタイムでの可視化、有事の許容度を見極めることです。
(1)企業コアの明確化
顧客へのサービス提供に結びつくプロセスや資産、相互依存関係性を「企業コア」として明確化。状況変化に応じて更新可能な資産の正確なインベントリ(財産目録・在庫調査)を作成し、継続的かつ正確な企業コアを回復できるようにします。
(2)企業コアの可視化
企業コアのリアルタイムでの可視化を実現することで、意思決定者と対応者は、事業への損失を抑えつつ、協力して有事に対応できるようになります。
その際、企業コアにつながるプロセスをデジタル化しリアルタイムビューを可能にすることが望ましいです。
デジタル環境の耐久力と回復力は年々向上しているので、事業と顧客へのダメージを最小限に抑えられるからです。
(3)企業コアの許容度見極め
企業のコアがどの程度の有事まで許容できるか見定めるためテストします。
許容度は意思決定者と対応者の認識に齟齬が生じないよう出来るだけ具体化することが望ましいです。
もっとも、発生し得るリスクの全てをテストできるわけではないので、有事の際の基本方針や行動指針だけを定め柔軟性を持たせる部分を作ることも重要です。
リセッションという機会を活かす
リセッションという機会を活かす
HarvardBusinessReview「景気後退期にイノベーションを実現する3つの方法」によれば、リセッション時には沢山のイノベーションが生まれてきたとのこと。
①プロダクト・イノベーション
リーマン・ショック時(2008年)にシェアリングサービスの「エアビーアンドビー」「ウーバー」が創業しゲームチェンジャーとなる製品・サービスが誕生しました。
②プロセス・c
大戦後の1948年、「MacDonald」は、メニューを簡素化し、自動車メーカーフォードの組立ラインを飲食産業に応用しシンプルで安価なソリューションが生み出しました。
③組織・イノベ―ション
リーマン・ショック時(2008年)「アドビ」はソフトウェアのパッケージ版の生産を停止し、SaaSモデルに完全移行しました。
リセッション時のチャンスを活かすためにすべき事
イノベーションが生まれ、経営環境が大きく変わる景気後退期をチャンスと捉え、それを活かすために何をすべきか?前節同レポートでは以下の3つを提案しています。
(1)選択と集中
①自社のイノベーションポートフォリオの50%を廃止し最大インパクト領域に集中させる。
②顧客・従業員・ステックホルダーの「片付けるべき仕事」を明確にして、より少ないリソースでより多くを実現する。
(2) 戦略実験「HOPE」をマスターしトライ&エラーを繰り返す
「HOPE」とは、仮説(hypothesis)、目的(objective)、予測(prediction)、計画実行(execution plan)を繰り返すことです。
(3)イノベーションの負荷軽減
オープンイノベーションやUGC(ユーザー生成コンテンツ)環境を整備し自社のイノベーション負荷を軽減する。特に経営資源の少ない中堅中小企業にとっては重要な施策です。
おわりに
リーマン・ショック以上の景気後退が予想される今回のリセッションに対して中堅中小企業が採るべき対応方法を紹介しました。
リーマンの反省を踏まえ、資金繰りの重要性を理解したうえで、当時以上に多様になった資金調達方法で自社に最適なポートフォリオを構築します。
レジリエンスな組織もデジタル化の進展で作り易くなっています。
こうして創り上げた組織でリーマン超える企業成長のチャンスを掴むのです。
第3回記事では、危機をチャンスに変えた中小企業の事例を紹介しています。1つ目は資金調達の危機を自社に最適な資金調達ポートフォリオ構築に、もう1つは事業存続の危機を新事業創出につなげた事例です。
著者:maru
2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。