中堅中小企業の活用方法総論
「人材版伊藤レポート2.0」の中堅中小企業導入の限界
「人的資本経営に関する調査 集計結果」(令和4年5月)では、上場している企業でも、「対応策が未検討」の企業が最も多い結果となっています。
「企業理念・存在意義・経営戦略の明確化」が進んでいる一方、「経営戦略と人材戦略の連動」が進んでいないのです。
経営資源も経営陣も少ない中堅中小企業ではなおさらです。もっとも、本レポートでも提案しているアイデアの形式的あてはめは現実的でないと注意喚起しています。
しかし、最重要と位置付けている「経営戦略と人材戦略の連動」がなければ環境変化に対応できる経営は難しくなります。
そこで、「人材版伊藤レポート2.0」を中堅中小企業がどのように活用すればよいのか考えてみます。
中堅中小企業版「人材版伊藤レポート2.0」の概要
そもそも人的資本経営とは「人材価値を最大限引き出して、中長期的な企業価値向上につなげること」が本旨です。
5つの共通要素のうち「従業員エンゲージメント」は「人材価値を最大限引き出して、中長期的な企業価値向上」させるうえで不可欠な、イノベーションや生産性向上に資する大事な施策です。
例えば、以下の図のように「従業員エンゲージメント」を高める方向に「経営戦略と人材戦略の連動」をさせられると、「人材価値を最大限引き出して、中長期的な企業価値向上につなげること」になります。
第3回記事で紹介する中小企業も、このような形で人材戦略を展開し成果をあげています。
中堅中小企業の活用方法各論
経営戦略と人材戦略を連動させるための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
人事が経営戦略に移行したことを明確にするため、従来の人事部長(課長)とは異なる人材戦略担当者を設け、経営戦略と人材戦略を連動させるKPIを経営陣・管理者報酬に結びつけることが重要です。
(2)「実践実例集」紹介事例
ロート製薬が提供している図表は、まさに経営戦略と人材戦略の連動の重要性を示しています。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
第3回記事第二章で紹介するスリーアールシステム株式会社は、従業員エンゲージメントを高める形で経営戦略と人材戦略と連動させています。
「As is – To be ギャップ」の定量把握のための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
人事施策の成果を可及的に数値化することで、人材戦略と経営戦略は連動しやすく、現状把握が容易になります。
(2)「実践実例集」紹介事例
双日は「挑戦」や「成長実感」といった主観的なものまでKPI化し、定量把握しています。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
第3回記事第一章で紹介する株式会社山田製作所は、作業工程ボートを使って「As is – To be ギャップ」を把握する習慣を身につけています。
企業文化への定着のための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
従業員との信頼関係は各施策ではなく企業との関係で生じるため、実践する施策は企業文化まで昇華させなければなりません。
(2)「実践実例集」紹介事例
SOMPOホールディングスは、「MYパーパス」という概念を用いて企業文化を構築しようとしています。
MYパーパスに基づいて従業員が主体的にキャリア形成し、その躍動で企業も成長していくことを目指しているのです。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
山田製作所は、「全員で守ることを決めて、全員で決めたことを守る」企業文化を、3S活動を通じて醸成しています。
動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
労働者獲得環境が厳しい中堅中小企業が展開すべき人材ポートフォリオは、周辺企業や公的機関、アルムナイ(退社人材)との柔軟なパートナーシップを構築することが現実的です。
(2)「実践実例集」紹介事例
ロート製薬は、転職や家庭の事情で会社を離れた人材のカムバック入社を奨励し、動的な人材ポートフォリオを成立させています。
さらにカムバック入社した人材の流出となる新たな挑戦もサポートし、流動性を加速させているのです。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
株式会社ホクシンエレクトロニクスは、近隣同業他社と協力体制を構築し、休日出勤を従来の6割まで減少させることに成功しています。
出典:「2022年中小企業白書事例2-2-7」中小企業庁
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2022/chusho/b2_2_2.html
知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
多様な人材を揃えることが難しい中堅中小企業にとっては、ダイバーシティより既存の従業員の価値を活かすインクルージョンがメインの施策になります。
そのため、現場管理者のマネジメント力向上が不可欠です。
(2)「実践実例集」紹介事例
キリンホールディングスは、多様性のある組織と画一的な組織のどちらがイノベーションを生み出すか、端的に表す図を提供しています。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
労働環境を改善し、優秀な女性を獲得して企業を強くすることを目指しているスリーアールシステム株式会社は、現在外国籍社員も獲得し、将来的には優秀なシニア層でさらなるダイバーシティ経営を実現しようとしています。
出典:「スリーアールの働きかた」スリーアール
リスキル・学び直しのための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
多様な人材を揃えることが難しい中堅中小企業にとって、既存の従業員のリスキルは、経営環境変化に対応するため不可欠な施策です。
組織として不足しているスキルや専門性の特定のための調査・分析は、リスキルだけでなく、人材ポートフォリオ作成や経営戦略策定に関わる重要な作業です。
(2)「実践実例集」紹介事例
サイバーエージェントは、事業の多様化の過程で必要となったスキルを、社外人材活用と継続的なリスキルで、補充してきました。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
株式会社ワン・ステップは、「3~5年後の従業員の姿」を想定して研修テーマを決めています。
出典:「2022年中小企業白書事例2-2-3」中小企業庁
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2022/chusho/b2_2_2.html
社員エンゲージメントを高めるための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
従業員エンゲージメントの現状を把握して人材戦略に活かすことで、イノベーションや生産性が向上し、経営戦略実現に貢献します。
(2)「実践実例集」紹介事例
ソニーグループは、経営陣の報酬に従業員のエンゲージメントスコアを連動させています。
(3) 中堅中小企業活用時のポイント
株式会社ホクシンエレクトロニクスは、モラルサーベイを実施し、判明した課題に対する社員提案(人事表制度刷新、サンクスカード導入等)を積極的に採用して、従業員エンゲージメントを高めています。
時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組
(1)実行に移すべき取組と有効となる工夫
時間や場所にとらわれない働き方を実現することは、優秀な人材を獲得するための重要な施策となっています。
(2)中堅中小企業活用時のポイント
スリーアールシステム株式会社は、デザイナーやWebマーケターのようにテレワークでも問題のない職業に対して、テレワークと出社勤務を使い分けできるハイブリッドワークを導入しています。
おわりに
上場企業へのアンケートの結果で「対応策が未検討」の企業が最も多い結果となっていますが、人的資本経営の導入を難しく考えすぎているように思います。
昨今話題の「パーパス」や「well-being(幸福な状態)」を実践する際、従業員と一緒に考え、一緒に実現していく中でエンゲージメントが高まっていけば、「人材価値を最大限引き出して、中長期的な企業価値向上につなげる」企業文化が育つように思われるのです。
第3回記事第一章で取り上げる企業は「製品を生み出す工場を『最高のセールスマン』にしよう」というパーパスを掲げ、第二章で取り上げる企業は、独自の短時間正社員制度等でwell-beingを実現し、中長期的な企業価値を向上させています。
著者:maru
2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。