日本企業の海外事業展開の現状
1967年より日本企業(主に上場企業)の海外進出を行ってきた「週刊東洋経済」によれば、新規進出件数は、2004年をピークに一旦減少に転じ、リーマンショックの翌年2009年に日本企業の新規海外進出はほぼ半減しました。
2011年東日本大震災の年に倍増し、その後増加して行きましたが、2016年を境に新たな局面を迎えました。
下表(ジェトロが「国際収支状況」(財務省)、「外国為替相場」(日本銀行)などより作成データを筆者が整理)に示される日本の国・地域別対外直接投資の動向からも同様の傾向が見て取れます。
「週刊東洋経済」によれば、日本企業の新規進出先は、2004年に中国本土が5割以上を占めていたのに対して、中国はトップを維持しているものの2011年時点ではそれが3分の1まで低下し、替わりにタイやインド、インドネシアへの進出が増加し、進出先は分散化多様化の傾向にありました。
より詳しく、日本企業の国別進出先上位5国の新規進出件数の推移について見てみましょう。
順位/年 | 2004年 | 20011年 | 2012年 | 2013年 | 2017年 |
1 | 中国(50.3%%) | 中国(33.7%) | 中国(28.7%) | 中国(24.2%) | 中国 |
2 | 米国(8.5%) | タイ(8.0%) | インドネシア(9.5%) | 米国(13.4%) | ベトナム |
3 | タイ(5.7%) | インド(6.6%) | タイ(8.3%) | タイ(7.4%) | タイ |
4 | 香港(4.5%) | インドネシア(6.5%) | 米国(6.9%) | 香港(4.6%) | 米国 |
5 | シンガポール(3.5%) | 米国(6.0%) | ベトナム(5.7%) | シンガポール(4.4%) | シンガポール |
*2004年~2013年:「週刊東洋経済」の「海外進出企業総覧」より、2017年:ジェトロ実施の調査より。
中国が新規進出先としては1位の座を維持していますが、全体の4分の1程度までシェアが低下しています。
一方で、新たな進出先として注目されたASEAN諸国の中で、タイが8%前後までシェアを伸ばし維持しており、人口で世界第4位/約2億4000万人のインドネシアはシェアを一時伸ばしましたがその後減少に転じました。
市場のポテンシャルの高いインドネシアのシェア減少の背景には、経済成長率6%台を維持して来ましたが、2013年に世界経済の成長鈍化や米国の金融緩和縮小の影響を受けて成長率が5.8%、2014年に4.02%と低下しており、その影響が大きかったと推測され、更に経済成長と共に現地従業員の賃金が上昇したこと(ジェトロの「賃金の前年比昇給率2016年度→2017年度」実態調査によれば、8.8%上昇)も影響していると考えられます。
2013年以降、アメリカへの新規進出件数の増加が顕著になりました。
下表に示される通り、アメリカが再び重要な輸出先・販売先として位置付けられるようになりました。
それに伴って、競争力強化を図る為に現地生産が増強され、最先端技術やトレンドを取り込むためのR&Dが置かれ、こうした専門機能を有する各拠点を取りまとめる地域統括機能が置かれることで、進出件数が増加したものと推測されます。
また、20007年に1ドル117.75円であった為替レートが、2012年には79.79円まで円高が進んだこともアメリカへの新規進出を後押ししたと推測されます。
その後、為替は2015年の121.04円の一つのピークとして円安が進み、トランプ大統領が就任した2017年には112.17円まで円高傾向が強まり、現時点では1ドル109-110円で推移しています。
ジェトロ/2016 年度日本企業の海外事業展開 に関するアンケート調査より
直近では、ベトナムへの新規進出数の増加が顕著となっています。
2015年以降の3年で、ASEAN諸国の中でもベトナムへの進出企業が増加しており、一方で、タイやインドネシアへの進出数は減少しています。
ベトナム経済は2014年~2017年にかけて、6%を上回る高度経済成長を続けており、都市部を中心に消費市場が拡大しています。日本企業は、ベトナムの市場規模(人口:約9300万人)及び成長性に期待し進出を決めており、また、親日的な国民感情や人件費の安さ、豊富な労働力も大きな魅力となっています。
中小企業の海外進出意欲に陰り
2016年以降、アメリカのトランプ政権誕生や英国のEU離脱決定など、国際経済に大きな影響を及ぼす変化が続いています。
言い換えれば、企業にとっては、先行きの見通しが困難な状況になっており、海外事業展開の判断にネガティブな影響を与えている状況です。
下表は2017年度ジェトロまとめ調査結果ですが、2017年度の海外進出方針として「拡大を図る」と答えた企業が、東日本大震災後の調査以来の統計では最も低い水準の57.1%に落ち込んでいます。
「今後とも海外への事業展開は行わない」との回答も、前年度17.4%から21.0%に増加しています。ジェトロによれば、中でも、中小企業の進出意欲の低下が目立っているということです。
出所: 2017年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)
では、何故企業の海外進出意欲が低下し、慎重な姿勢となっているのでしょうか。
ジェトロの調査では下記が指摘されています。
第一に、「輸出には手間が掛かり、自社の人員が少なく拡大は難しい。」第二に、「国内での新製品開発に注力しており、海外事業の拡大には人手が足りない。」
第三に、「海外生産拠点における人件費の上昇、労働力の確保が困難」
海外人材不足や海外拠点での人件費上昇と労働力確保難というリソースの問題以外に、注目すべきは、好調な国内需要に企業の目が向いており、国内経済が好調なうちは国内での増収増益を優先し、不確定要素が増した国際経済情勢の下では、当面様子見といったスタンスを取る企業が増えている点です。
日本政府の中小企業海外進出支援策
2013年6月に策定された「日本再興戦略」の中で、日本政府は中小企業・小規模事業者の海外展開を更に進める為、2017年度までの5年間で新たに1万社の海外展開を実現するとしています。
2015年度の段階で、新たな進出を果たした企業が6500社に上っており、一定の成果が見られます。
平成29年度当初予算に盛り込まれた具体的な施策としては、
①海外展開戦略策定支援事業(中小機構)
②販路開拓支援(ジェトロ・中小機構)
③中小企業海外展開現地支援プラットフォーム(ジェトロ)
④事業再編等支援事業(中小機構)
⑤JAPANブランド育成支援事業(経済産業局)
などがあります。
海外進出成功の鍵
海外進出で成功する為のポイントを整理したいと思います。
第一に、進出目的を明確にし、達成する為の要素をビジネスに盛り込むことが大切です。
何故、今海外に進出すべきなのか、進出の主目的が何かを明確にする必要があります。
多くの場合、市場を開拓したい、生産コストを削減したい、部品・商品の海外調達をしたいなどの積極的な理由があるはずです。
目的達成の為には、海外でも使ってもらえ喜んでもらえる製品価値作り込み、現地文化に則した品質の維持向上、マーケティングによるニーズや市場の把握、販路の確保・拡大、厳しめな売上・計上予測に基づく事業計画が肝要となります。
第二に、進出目的が果たせる見込みがあるか、自社の体制は十分か、どのような現地パートナーと組む必要があり、候補となる企業の実力はどの程度かなどを見極める為に、入念な事前調査(Feasibility Study、F/S)の実施が大切です。
日本やある国で売れたものが、別の国でも売れるとは限りません。
現地ニーズに応じて、製品・商品に工夫を凝らしラインナップを増やしたり絞ったり、価格以外で競合に負けないオリジナルの付加価値を製品に持たせ差別化をはかるなどの戦略も重要です。
また、現地の政策や税制などの規制の変化にも臨機応変に対応して、採算性の維持・管理を図ることも大切です。
第三に、信頼できる現地パートナーがいるかどうかが重要です。
日本人の価値観に囚われることなく、言葉や商習慣や文化の壁を乗り越えて、煩雑な現地拠点設立の手続きや現地人材の採用、現地の商習慣に沿った経営やトラブル対応、現地の競合を意識したマーケティングをスムーズに実現するには、経験豊富で有力な現地パートナーの存在が成敗を左右します。
著者:高野明
自己紹介:47歳男性会社員、大手メーカーの海外営業部門勤務22年。ニューヨーク5年、北京3年の駐在経験あり。3つの現地法人の管理職として、英語や中国語を駆使し、現地人の雇用や事務所立ち上げ、営業スタッフ指揮監督やプロポーザル取り纏め、マーケティングや事業戦略策定、契約交渉や契約履行のトラブル対策など営業活動全般の経験あり。