円安の進行とその経営的意味

円安の中長期化が予想される日本

ドル円分析の原則

為替レートの変化⇒国際競争力の変化⇒輸出入の変化⇒貨幣需給の変化⇒為替レートの変化という貿易収支を均衡させる適正レートを算出する指標が為替の予想・分析に使われてきました。その代表的な指標が「実質的金利差」と「購買力平価」です。

いずれも物価変動を加味して適正レートを算出し、実勢レートとのズレの度合いで「過剰な円安」、「過剰な円高」と判断し、適正レートへ収斂する方向で為替を予想します。

いずれの指標においても現状は「過剰な円安」に位置し、円高に向かうと判断されています。

一方、これとは異なる見解も有力です。実質金利差が縮小していくので「実質的金利差」「購買力平価」だけでは判断できないと解し、市場はその他の要素を考慮して値をつけているとの考えです。この考えの理由を以下で説明します。

実質金利縮小の可能性

実質金利が縮小していくとの判断の根拠になっているのは米国の金融・為替政策です。戦後からの大きな流れで見ると今後の方向性を読みやすいので第2次世界大戦後から説明していきます。

米国の金融・為替政策

(1)プラザ合意(1985年)までの米国のインフレ抑制(ドル高)政策
・米ソ冷戦(70年以降)
・2度の石油危機(73年/79年)

変動相場制に移行した1973年当時、世界は米ソ冷戦期。未成熟なグローバルサプライチェーンと2度の石油危機で、先進国でさえ物価上昇率が2桁になるインフレの時代でした。

そのため、米国の金融政策はインフレ抑制のため高金利が基本となり、為替はドル高の時代です。

(2)プラザ合意(85年)でドル安へ転換
インフレ抑制(ドル高)政策で低下したドルの国際競争力を回復したい米国の要望で結ばれたプラザ合意で、時代はドル安へ転換します。

(3)プラザ合意以降、アベノミクス(12年)前までの米国のドル安継続政策
ソ連崩壊(91年)後、勝者となった米国の主導でグローバルサプライチェーンが整備され、大きなエネルギー危機も無かったため世界の物価は安定。日米貿易不均衡を是正するため(95年)、サブプライムローンやリーマンショックによる国内デフレを回避するため(07年/08年)など、理由は様々ですが、この時代の米国の金融・為替政策はいずれも低金利でドル安が継続した時代でした。

(4)今後の米国の金融・為替政策
・米中貿易摩擦(18年以降)
・原油価格高騰(19年以降)

コロナという特異な要因を除けば、現在世界を悩ませている大きな問題は米中貿易摩擦によるグローバルサプライチェーンの停滞と資源高です。

この状況はプラザ合意前の冷戦と石油危機に似ています。米国の金融政策の主眼はインフレ抑制に置かれ、金利が上昇し、ドル高(円安)を予想するのが素直といえます。

日米実質金利差縮小へ

今後の米国は恒常的に起こる物価上昇に対するインフレ抑制政策で高金利が基本となり、強い物価上昇圧力と高金利が相殺し合い、実質的には低金利。

日本はデフレ克服のため、ゼロ金利のまま低インフレを認容していくオーバーシュート型コミットメントでこちらも実質的には低金利となり、両国の実質的な金利差は縮小されていくと思われます。

従って「実質的金利差」と「購買力平価」だけで判断することは難しくなるでしょう。

日本経済の不透明感

海外投資家による19兆円の日本株買い

・景気回復への期待感
アベノミクスが始まった2012年末以降の3年間で海外投資家が買い増している様子を、日本取引所グループ は次のように紹介しています。

「外国法人等は、金融緩和策や景気回復への期待感の高まりなどを背景に、(2012年)10月以降連続して買い越しを続けており、日本の株式市場へ積極的に資金を投入する動きがあった」(「2012年度株式分布状況調査の調査結果について」)

アベノミクスへの失望による12兆円の日本株売り

・キャピタルフライト(資本流出)の加速
・生産拠点の海外移転止まらず
・少子高齢化と「増えない給与」の解決見通し立たず

日本株売りのキッカケは世界同時株安となったチャイナショック(15年)と米中貿易摩擦による世界経済減速(18年)によるリスク資産売却という外的要因とはいえ、景気回復への失望も日本株を手放す原因となったと考えます。

90年代後半年平均約3兆円だった対外直接投資が、アベノミクス景気時(13年~18年)には年平均約17兆円まで膨らみ(財務省調べ)、資本流出が加速。生産拠点の海外移転の流れは止らず、平均給与の前年比割れは回避出来たものの「増えない給与」の問題を克服できませんでした。

その後も買戻しの流れが生まれず2020年までに約12兆円売却しています(「2020年度株式分布状況調査の調査結果について」)

円安の中長期化が予想される根拠の整理

以上を整理すると、実質金利差は縮小していき、名目では金利差が拡大、日本経済の不透明感から中長期的に円はドルに対して弱い立場が続くと考えます。

「悪い」円安の可能性

「悪い」円安とは

「悪い」円安という言葉を最近聞くようになりましたが、ここでは円安のメリットよりもデメリットの方が大きくなることをいうと解し、以下でその内容を説明します。

円安メリットの縮小

・輸出抑制構造
・輸入拡大傾向

80年代後半から増え続けている現地生産(現地販売)に輸出を抑制する効果があることを内閣府が認めています(令和元年度年次経済財政報告)。

これに対して80年代中盤の内需拡大期に輸入された安価な海外製品による低価格志向の定着が輸入量を増加させ、震災による原発停止でエネルギー輸入量の増加がこれに拍車をかけています。

そして近時の円安で輸入価格も上昇して貿易黒字は消滅、赤字に向かう貿易構造になっています。

円安デメリットの拡大

・原材料・エネルギー輸入量増加によるコストプッシュ
・原油価格高騰(19年以降) によるコストプッシュ
・景気感応度の低下

増え続ける輸入量と今回の円安、そして資源高が加わり、深刻なコストプッシュが企業を悩ませています。

長い低インフレ下で名目値が硬直し景気感応度が低下しているため、コストプッシュによる価格転嫁は難しく、不景気状態でのインフレ(スタグフレーション)の可能性さえあります。

円安の経営的意味

ドル円が120円超えしたアベノミクス最盛期の2015年に行われた中小企業へのアンケート結果から読み取れる円安の経営的意味を整理します。

出典:『中小企業の4割が、円安は業績に対し「マイナスの影響」が大きいと回答』日本政策金融公庫2015年6月26日

https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/tokubetu_150626.pdf

  • 円安の経営的デメリット

・売上減少原因は、取引先の業績悪化、物価上昇による消費減退、コスト上昇分の価格転嫁による売り上げ減少
・利益圧迫原因は、原材料費と人件費の高騰

  • 円安の経営的メリット

・売上増加原因は、取引先の業績改善、取引先の生産・調達拠点の国内移管、海外価格競争力向上
・利益向上原因は、輸出による売上の為替差益、対外金融資産の円ベースでの評価額押し上げ

  • 円安の経営的メリット・デメリットの分水嶺

・輸出比率25%以下はデメリットが大きくなる

このアンケートで一番参考になったのは円安で恩恵を受けるかマイナス面が大きくなるのかの境が輸出比率25%にあるという点です。

中小企業が海外展開する際の一つのメルクマールになりますし、取引相手を精査する際の判断材料にも使えます。

おわりに

崩壊時にはGDP比で米国の10分の1まで衰退したソ連と異なり、中国は2030年には米国を超えるといわれています。

中国の成功を参考にする発展途上国が中国式の国家資本主義を導入していく流れも予想されます。従って米中貿易摩擦は米ソ冷戦よりも経済的激しさをもって長期化する可能性がでてきました。

グローバルサプライチェーンは停滞し、世界の物価は上昇、FRBの金融政策の第一義はインフレ抑制となり、強いドル(円安)の時代となりそうです。

円安時代の到来は日本企業にとっては厳しいコストプッシュとの戦いを意味します。

第2回記事では円安進行下の中堅中小企業の経営の在り方を紹介していますので参考にしていただければ幸いです。

著者:maru

2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。

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