目論見と現実

出世して感じ始めた不安

前回、お話ししました通り、今回のエピソードの主人公B副社長はかつて、工場長として1つの工場を任されていました。

業績が評価されて取締役に昇進。さらに出世を重ねてついに副社長にまでなられました。

しかし、よくよく聞いてみると、取締役になられてからは出世するほどに不安が増している様子なのです。

「役員になってから、どうも不安が増えていてね。」

「と、おっしゃられますと?」

「工場長の頃は、あれが知りたい、これはどうなっているのだ、と疑問が湧いたら、即座に現場へ行って確認ができた。ところが取締役になったら、月に1回定例報告があるだけで、しかも誰が決めたんだか、A3用紙1枚に1部門をまとめて報告することになっているから、細かいことがさっぱり分からない。毎月、我社の業績は順調のようだ(苦笑)

「お言葉ですが副社長、全支社の子細な報告を毎月受けたら、副社長としての業務に支障が出てしまいますし・・・」

「それは分かっている。部長クラスに疑問点を連絡すれば、1週間もかからないうちに報告は上がってくる。だが、もっと早く知りたいのだ。湧いた不安や疑問が即座に解決されるような。」

「例えばBIツールなどはどうでしょう?知りたい指標だけは、リアルタイムで副社長室のディスプレイに表示されるイメージです。」

BI(Business Intelligence)ツールとは、企業が持つ膨大なデータを分析し、経営判断に必要な情報を抽出し可視化するソフトウェア全般を指します。例えば、生産性を把握したい工場の、生産目標の達成率を毎日グラフ等の形で画面に表示します。達成率が変化したときに、その理由を知る事もできます。例えば、達成率算出のための変数である歩留まりや装置の稼働率などを表示させることで、達成率変化の原因を知る事が出来ます。


「それが私のしたいことに合っているかどうか分からないが、とにかく、状況が良く分からないのは不安だ。」

「承知しました。では、今回の作業の大枠としましては、物流部門の改善策を検討することと、経営指標をリアルタイムで分かるようにすること、のセットですね?」

「それで行きましょう。まずはどういうことが出来そうか、提案して欲しい。定期的に打ち合わせしましょう。」

余談ですが、B副社長は次期社長の噂が立つほどの人物です。副社長の時から(もっと前からかも知れませんが)自分が会社を背負う意識を持っておられるので、心配事も全社的なスケールになります。

「まずは副社長、物流部門の現場担当者とお会いしたいのですが、」

「分かった。物流のD課長と企画のE課長に次の会議に出てもらうよ。」

「ありがとうございます。」

 

投資対効果をどう捉えるか

後日、最初の打ち合わせがセッティングされまして、D課長とE課長にお会いしました。

「課長のDです。配車の担当です。」
Eです。物流全体の管理を担当しています。」

「早速ですが・・・」

「あの、その前に、今回の業務では、何が成果物として予定されているのか、また、そのための予算はいくらなのかを決めませんか?」

これは大事な話です。
「物流の改善」と言っても、結果が出るまでは、投資対効果が見えません。

投資対効果の見えないものにどこまで投資ができるかは、依頼元の会社様の資金力とリスクの取り方に依ります。

仮に、いくら効果的な策をご提案したとしても、結果が出るまで3年、5年とかかるようなものに対しては、投資に慎重になるのも無理はありません。

近年の、四半期毎に決算を行う会計システムでは余計にそうです。

 

遅れている現場教育

そんなのんきな業務、我社にあるのか?との疑問を持たれる経営者の方もおられますが、特に製造業の社長様には一度、現場に「新人教育はどうなっている?」と聞いてみることをお勧めします。

今回のA社様の製造現場で、現場の長の方にお聞きしたところ、

「一般にベテランが持つノウハウの教育はOJTで、最低5年はかかります」

とのことでした。

そんなことは無い、我社にはちゃんとした新人教育のプログラムがあって、とおっしゃられる方もおられます。

それはおそらく、社会人としてのマナーや会社の歴史、組織構成や業務規則など、教育すべき内容がきちんと文書化されていて、座学や集合教育で十分に教えることが出来る類のものだと考えられます。

 

ズレが生じないためのマニュアルの必要性

コンサルティングの真似事をしていて痛感したのですが、きちんとマニュアルになっていない業務についての教育が、非常に遅れているのが日本の製造現場です。

例えば、製造現場の人手が入る工程について、手順を示したマニュアルはよくありますが、各手順の意味や目的まで記載したものはほとんど見かけません。

こうした手順だけのマニュアルで教育が行われている現場では、担当者の世代交代が進むにつれてノウハウが伝わらなくなり、作業品質が劣化していきます。

手順だけが伝承されてその意味が伝わらないと、動作に現れないもの、例えば「力の加減」「色の判別」などが伝わらず、徐々に間違ったやり方になっていきます。

とある会社では、ある重要な装置のメンテナンス手順を海外の現地雇用の社員に任せたところ、装置の寿命が7年から2年に縮まってしまったそうです。

原因は、ある作業段階で行うメンテナンスの清掃終了の見極めが、ほんのわずか、日本人職人と違っていたからでした。

わずかな違いが積み重なると、装置の寿命が3分の1になってしまうのでした。

 

現場担当者からの聞き取り

物流改善の話に戻ります。物流部門のD課長とE課長へのインタビューは続きます。

「貴社では1日どれくらい、トラックを手配されているのですか?」

「全社ではすぐには分かりませんが、ここ大阪工場だけで、毎日500台、手配しています。」

500台ですか!それで、問題や課題だと感じておられることはありますか?」

「うーん、大変な作業ですが、特には・・・」

「あ、D課長、でも急なオーダー変更や道路の突発的な問題で、配送に変更が出ることがありますよね。」

E課長、そうですか。」

「はい、お客様のところにジャストインタイムで配送することは必達目標ですから、そういう時はやむを得ず、経路変更します。」

B副社長は、中間倉庫を設置すると、そういう場合に対応出来るんじゃないかと仰ってますがどうでしょう?」

「そうです。ですので、既にいくつか大口のお客様の近くには中間倉庫を設置していまして、配送品の調整に使っています。」

「つまり、急な注文の増減には中間倉庫の在庫を利用されているということですね?」

「はい。」

「それでも、1500台も配車されているのでしたら、突発的トラブルやルート変更も多いですよね?」

「まぁそうですね、D課長」「まあ、ありますね。」

「そういう時のルート変更指示は貴社からされるのですか?」

「全部ではないです。基本的に配車指示を出したら、あとはグループ会社のXと、外部の運送会社Yが仕切っていますので、こちらは定時と配送完了時の報告を受けるだけです。」

 

作戦会議

一通り状況をお聞きして一旦帰社し、上司と作戦会議をしました。

E課長は、中間倉庫を新たにどこに作るべきか?と仰られていましたが、中間倉庫の新設ありきで、本件は考えるべきでしょうか?」

「それで行きましょう。打ち合わせを通じて何回もその話は出ていたし、中間倉庫の設置とその効果を見たいとも言っておられたから、倉庫を色々な場所に建てた場合の収益の変化を確認できるようなシミュレータを作れば良いんじゃないかな。」

「分かりました、その方針で提案資料と概算見積もり作ります。」

 

課題の一般化

この問題設定を一般化してみます。

複数の工場から、中間倉庫を経由して、複数のお客様へ至る道が複数あり、それぞれの道を構成する道(部分経路)は、それぞれ通過するためのコスト(距離や通行代金)が異なっています。

この状況で、配送元の工場から配送先のお客様へ至る道のうち、コストが最も低いものを探し出す問題である、と、言い換えることが出来ます。

興味のある方はインターネットで「最短経路探索問題」「ダイクストラ法」などを検索してみてください。

最短経路探索問題は非常に古典的で、解決手順
(アルゴリズム)も、それを様々なプログラミング言語で実装した場合のサンプルも親切な方がネット上に公開されています。興味のある方は是非試してみてください。

さて、鋭い方は気付かれたかも知れませんが、物流の分析が初めての経験で、とにかく一生懸命メモを取っていた私は、ここまでで大きな見落としをしてしまいました。

ある大事な質問を一つ、E課長に対してするのを忘れていたために、非常に無駄な作業をしてしまうことになります。

その顛末は本連載の続きでお話しします。

<次回へ続く>

著者:笹嶋宗彦(ささじまむねひこ)
博士(工学)。専門は知識工学。企業と大学両方の立場から、AI技術を現場に適用する
産学連携プロジェクトに数多く参加。現在は兵庫県立大学にてデータサイエンス系の
新学部設立に携わっている。AI応用は課題発見と施策の浸透までやってこそ、が信条。
人工知能学会論文賞2回受賞(1996、2012)

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