災害などが発生している状況において、人々に商品を届ける役割として、卸小売業は非常に重大な役割を担っています。
今回は、卸小売業におけるリモートワークの事例を参考にしながら、今後のリモートワークの在り方について、考察してみたいと思います。
リモートワーク・卸小売業の現状
2020年4月10日~12日に行われた、パーソル総合研究所の「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によると、卸小売業でのテレワーク(リモートワーク)の実施率は、全業界平均27.9%に対して21.1%と、あまり実施が進んでいないこと分かります。
特に、小売業のコア業務は、ネット販売が進んでいるとはいえ、消費者との対面販売ですからそもそも困難であると言えます。
反面、卸売業の営業職種は、職種別にみると、他業態の数値が混在しているため判別はではませんが、リモートワーク化が進めやすい職種であるとも言えます。
【参考】パーソル総合研究所「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」
卸小売業のリモートワーク導入事例
実際にリモートワークを導入した中堅中小企業の事例を、導入のきっかけ、導入内容、今後の推進という視点で見ていきましょう。
【八尾トーヨー住器株式会社の事例】
会社プロフィール
同社は、大阪府八尾市に立地する、住宅用建材・住宅設備機器・エクステリア建材・外装建材・太陽光発電システム・ビル用建材・木造軸組構造体などの販売する、建築業向け卸売業です。
リモートワーク導入のきっかけ
もともと代表者が働き方改革を実施したいという思いから、まず、2012年から外回りのある営業系社員40~50人を対象にタブレット端末を配布して、業務を効率化することから始めました。
それまでは、各部署にノートパソコンが1台ある程度で、紙資料ベースで仕事を進めていたため、労働時間も長くなり、この状況を解決するためには、「積極的にITツールを活用した働き方へ変更しなければならない」と考えた代表者の決断でスタートしました。
リモートワーク業務内容
同社では、タブレット端末を導入したことにより、オフィス外で仕事ができるようになったため、事務所に帰ってパソコンで処理する必要が無くなり、お客様先からの直帰も可能になって、移動時間が削減できるようになりました。
さらに、2015年からはオフィスの「フリーアドレス化」を進めました。フリーアドレス化とは、オフィスの中で特定の人の席を決めず、どの席でも使えるようにしたということです。
同社の社員は組織上いずれかのオフィスに属していますが、仕事の状況に合わせて、どのオフィスでも勤務可能で、社員証がタイムカードを兼ねているため、出勤・退勤をそれぞれ別のオフィスで行うこともできるようになりました。
同社は、フリーアドレス化を効果的に進めるために、紙の書類は電子化してデータベースにすることを徹底的に行いました。
各オフィスで、社員各自が持てる保管スペースはロッカー1個に限定しているほどです。
ほぼすべての拠点をフリーアドレス化することで、顧客の訪問先などに合わせて、どの拠点でも仕事をすることが出来、移動距離も最小限になるため、残業も減っていきました。
今後のリモートワーク推進
同社のリモートワークは、自社サーバーでデータを管理していますが、将来的にはセキュリティをしっかり行った上でクラウドを利用したいと考えています。そのことにより、より場所を問わずに仕事ができることになります。
また、まだまだ社員間でモバイルPCの習熟度に差があるため、使い方のレクチャーを行うなど全体的なスキルアップを行っていく予定です。
同社は今後も、古い体質が残っている建築業界で率先してICTを導入し、柔軟な働き方を取り入れることで、業界を活気づかせていきたいと考えています。
【参考】厚生労働省テレワーク総合ポータルサイト導入事例 八尾トーヨー住器株式会社
【イオンスーパーセンター株式会社の事例】
会社プロフィール
東北5県に22店舗のスーパーセンター(大型の総合スーパー)を展開する、従業員規模3547人の小売業です。
衣料品、食料品、家庭用品、日用品雑貨、電気製品、家具製品、化粧品、装飾品雑貨その他の百貨の小売および輸出入などを行っています。
リモートワーク導入のきっかけ
東日本大震災(2011年)の後、東北地方は人口減少や少子高齢化現象が一気に加速しましたが、同社では、その急速な変化に対応できなければ、企業として生き残っていけないと考え、その変化への対応指針として、ダイバーシティ経営を標榜しました。
同社では、ダイバーシティの取り組みの方向性を、
①育児・介護のなど働き方に制限がある人
②高齢者
③障がい者
④外国籍の人
⑤LGBTの人
の5つで考え、そういった人たちが働きやすい会社にすることの一環として、リモートワークを始めました。
リモートワーク業務内容
同社が最初に実行したのは、店舗管理職や育児・介護など働き方に制限のある従業員に対する、「日本初となる小売業の店舗勤務者のテレワーク制度」です。
それまでの大規模小売業では、「店長は現場にいなくてはならない!」という固定観念が強く、多くの反対がありました。
同制度では、店舗責任者が週1回と、制限はありますが、在宅勤務になる分、その業務を代行する「代行者」が必要になります。
そのため、職位別の業務一覧を作り、それを計画的に習得する「代行者育成制度」も制定しながら、同時にテスト店舗に導入しました。
テレワークの導入によって、小さい子供がいたり、家族に介護が必要な方がいたりする従業員でも、ワークライフバランスを保ちながら働き続け、活躍することができるようになりました。
その結果、同社には更なる効果が生まれました。テスト店舗で実施した店の女性の管理職比率は約60%にまで上がったのです。
今後のリモートワーク推進
今後も同社では、この制度をさらに活用し、被災地における採用難対策や対象者の拡大、また、障がい者雇用促進に取組んでいく方針です。
その推進力の根底には、グループを挙げてダイバーシティを推進していくという信念があります。そのことで、多様な人材の、多様な働き方を今後も生み出していく事でしょう。
【参考】イオン イオンのダイバーシティ イオンスーパーセンター株式会社
https://www.aeon.info/diversity/relay/relay01/
【参考】リクルート イオンのケース ―小売業の店長も在宅勤務が可能に?
https://www.recruit.co.jp/sustainability/data/iction/ser/ot/0029.html
【参考】日本経済新聞 イオンが「在宅店長」人口減でも働き手確保、東北の試み
https://www.nikkei.com/article/DGKKASDZ13HZ2_Q6A720C1EA1000/
卸小売業のリモートワークまとめ
卸売業と小売業のリモートワーク事例をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか?
八尾トーヨー住器株式会社の事例では、働き方改革の一環として、社員にIT機器を貸与するだけでなく、オフィスそのものの考え方も変革し、実効性の高いリモートワークが実現しています。
また、イオンスーパーセンター株式会社の事例は、大企業のグループ会社の事例ですが、取り組み内容が中堅企業にとっても、とても参考になるため、敢えてご紹介しました。
同社では、震災後の人手不足に悩む中、ダイバーシティのポリシーを活かしたまま、「店長在宅勤務」という、小売業では常識破りの施策を展開しています。
これらの事例に共通するのは、社員の働きやすさを通じて改革を行っていることだと言えます。常識にとらわれず、流行に流されず、信念をもってリモートワークを推進している好例であるとも言えます。
著者:hanbaishi
中小企業診断士。専門は経営・マーケティング・起業家指導・IT化支援。・TBC受験研究会にて診断士講座講師、福岡県産業・科学技術振興財団ベンチャースクール講師を経て、現在、専門学校で販売士検定・起業論・就職指導を行う。著作「中小企業のためのASPサービス導入に関する調査・研究(中小企業診断協会)」「繁盛店への道(財団法人福岡県企業振興公社刊)」等。趣味は黒鯛の落とし込み釣り、魚料理。