筆者は発電設備メーカーの海外営業部門勤務が長く、アメリカ北東部のニューヨーク近郊に駐在した経験があります。
当社は1970年代からアメリカに進出し、現地本社は販社機能として西海岸のサンフランシスコにありましたが、90年代後半には東海岸のニューヨークに移転しました。
背景には、販社に過ぎなかった現地本社が、次第に資材調達拠点としての役割も果し、更に現地生産化が進められ、設計・製造・品質管理機能を備えた生産拠点を設立され、傘下に金融専企業も有し、現地事業の多角化が進められた経緯があります。
それに伴い、本社機能は所謂コーポレート統括機能、具体的には当社がアメリカで事業展開する複数の現地法人を統括管理する役割や、「シェアード・サービス」と呼ばれるITや法務、経理や人事などの専門業務支援サービスを系列現地法人に対して提供する役割を担うようになりました。
筆者のアメリカ駐在期間は5年です。
この記事では前半2年間の当社アメリカ本社での体験談を記し、次の記事にてコア事業であった発電設備販売機能に加えて、環境装置の設計・調達・現地工事・プロジェクト管理機能を付加して分社化し、事業拡大を図った後半の3年間の体験を紹介したいと思います。
下請加工・製造作業や主要機器単品販売の時代
折しも、1996年にカリフォルニア州で始まった電力自由化及び1998年からの電力小売り自由化の流れにより、当社のアメリカ向けのビジネスも大きく様変わりして行くことになります。
当社が技術供与を受けた米国メーカーG社が、逸早くこのビジネス・チャンスを掴みました。
1998年まで、全米で新設される発電所の数は数件~十数件程度でしたが、1999年にはカリフォルニア州での電力不足が顕著(所謂、カリフォルニア電力危機)となり、パシフィック・ガス&エレクトリック(PSEG)社に代表されるような大手電力会社が次々に新規発電所建設計画を打ち出し、電力自由化の波に乗って電力取引で業績を伸ばしていたエンロン社の存在も大きく影響し、アメリカ全土で次々に新規発電所建設が進められました。
こうした流れの中で、実に1999年には年間50件以上、2000年には200件近く、2001年も200件以上の発電所建設が計画されました。
この時期に、筆者が担当していたアメリカG社向け下請加工・製造協力受注額は、1998年~2002年の累積で1000億円を超えました。
巨大総合エネルギー会社エンロン社の不正会計が発覚し、それが原因で2001年12月に倒産に追い込まれると、行き過ぎた電力取引が見直されるきっかけとなり、開発中の案件の多くがキャンセルとなりました。
但し、G社がエンドユーザーと結んでいたい契約には、しっかりキャンセル条項が付いていた為、紆余曲折ありましたが、最終的には、G社は数百億円規模、当社も100億円近くのキャンセル料を手にしました。
発電プラント一括納入、フルターン・キーの時代に移行
アメリカ市場向けの売り上げが一気に伸び、これを維持・向上させることが新たなミッションとなりました。
当時、南米ペルーの発電プラント包括フルターン・キー契約履行が終わり、実績が出来たことから、アメリカ市場においても発電プラント包括契約を受注すべく、2002年より営業方針が大きく変わりました。
アメリカ中西部の案件を追いかけること1年、案件自体のスポンサーが二転三転し、その間、特に技術面で強力に同案件をバックアップして来ましたが、しばらく静観せざるを得ない状況になりました。
そして、その案件で培ったノウハウをすぐさま他の案件に流用し、アメリカ北部の大手電力会社と2003年2月に発電プラント2式包括契約(1000億円規模)を結ぶことが出来ました。
2004年4月、この大型案件受注実績を引き下げて、主力工場主要部署から6名、本社からは筆者1名が当社アメリカ本社に駐在し、新たに専門性の高い経験豊富な現地営業幹部も2名雇用し、現地受注活動対応力の強化が図られました。
設備納入だけではなく、土建据付も含む発電プラント包括契約は、業界では一般的にEPC契約と呼ばれています。EはEngineering(エンジニアリング)のE、PはProcurement(調達)のP、CはConstruction(建設)のCを意味しています。日本では、一般にゼネコン(General Contractorの略称)と呼ばれるプラント取り纏め業者に近い存在です。
筆者は、下請加工・製造や主要機器単品のセールスから、より幅広いEPCセールスの担当という新たな任務を負って、アメリカ本社の営業部門で業務を開始しました。
徹底したマーケティングと営業手法の見直し
アメリカには既に世界中でEPC契約を受注している業界では有名な企業が7~8社存在していました。
当社の立場は、後発で実績の少ない新規参入の位置付けでした。
豊富な経験と大陣営を抱える業界メジャーとの競合に勝つ為には、セールスマンの意識改革とマーケティングの導入、営業手法の見直しが必須でした。
先ず、営業先の顧客層が全く変わります。
従来、現地の主要機器メーカーやEPC業者への営業を中心に行っていましたが、ターゲット顧客は大手電力会社やプロジェクトのデベロッパーになりました。
先ず着手したのは、大手電力会社の新規発電所建設計画や経営状況、既設発電所の経過年数や納入されている主要機器メーカーや当時の建設業者などの情報の収集と分析です。
これらの情報は、電力会社のホームページから検索したり、電力会社の主要拠点がある各州のPublic Utility Commission(公共事業管理委員会、PUC)のホームページから各社の中長期リソース・プランを閲覧したり、Environmental Protection Agency(環境保護局、EPA)に提出された建設・環境許認可情報を閲覧することで入手することが可能でした。
こうした情報の収集と分析は「案件の成立性」に深く関わり、とても重要です。
大手電力会社の担当責任者や大手電力会社を売電先として新規発電プラントの開発を手掛けるデペロッパーの発言内容の信憑性を裏付ける公的な情報となります。
「案件の成立性」と「当社にとっての優位性」という視点から、確認すべきポイントは下記の通りです。
1、当該地域の電力需給状況はどうか。産業の発展や人口の増加等に伴って電力需要が急増しているか。
2、当該地域の大手電力会社の発電設備容量の変化はどうか。大半が老朽化した設備か、積極的に新規設備を同級する計画があるか。
3、PUCへの建設認可「申請」を行っているか。PUCへの建設認可過程に入っておりFeasibility Study(実現性事前調査、F/S)を既に行っているか。F/Sの際の建設スケジュールの想定はどうなっているか。
4、EPAへの環境認可「申請」は行っているか。EPAへの環境認可過程に入っており、環境団体や市民団体等向けに説明会を実施しているか。大きなクレームを受けていないか。
5、プロジェクトの資金計画はどうなっているか。100%プロジェクト・ファイナンスか、70%プロジェクト・ファイナンス/30%自己投資か、100%売電契約か。
6、当該地域の大手電力会社が既に保有する設備の納入メーカーや工事業者に一定の傾向があるか。
7、使用する燃料(石炭の炭種)に特殊性がないか。環境認可でどんな点で苦慮しているか。
以上のポイントをクリアにすることで、成立性の高い案件且つ当社が優位性を発揮できる案件に、的を絞って仕込みから入って1~2年掛けて契約に至る確率も格段と高くなりました。
著者:高野明
自己紹介:47歳男性会社員、大手メーカーの海外営業部門勤務22年。ニューヨーク5年、北京3年の駐在経験あり。3つの現地法人の管理職として、英語や中国語を駆使し、現地人の雇用や事務所立ち上げ、営業スタッフ指揮監督やプロポーザル取り纏め、マーケティングや事業戦略策定、契約交渉や契約履行のトラブル対策など営業活動全般の経験あり。