皆さん、おはようございます!栗原誠一郎です。
私が日本経営開発研究所の所長を引き継いで以降
弊社主催の異業種交流階層別研修「錬成講座」受講生に対するフォローの一環として、
毎月「お節介メール」と称して「内省」を促すメールを送り続けています。
錬成講座での学びを実践し続けてもらうための取り組みです。
その「お節介メール」をWEB上でも公開します。
******以下、メール本文です。******
皆さん、おはようございます!
9月に入っても暑い日が続いていますが、
皆さん元気にしていますかね?
さて、今回は私の近況からです。
以前からAIを仕事に使っていますが、
ここ数か月、その使い方が一気に加速しました。
資料を確認してもらったり、
考えを整理してもらったり、
文面を作ってもらったり。
複数のテーマを同時並行で進められるので、
作業の生産性は爆発的に上がっています。
ところが、めちゃくちゃ疲れるんです(笑)
彼らは仕事が早い。
私が指示した作業をあっという間に終わらせて、
「この点はどうしますか?」
と判断を聞いてきます。
こちらも、
「確かに、それは重要な論点だな」
と悩む。
それが、あちこちのテーマで同時に起きる。
だから、異常に疲れるのです。
そんな話を先輩にしたところ、
先輩も同じ実感を持っていて、
「自分自身が律速になっている気がする」
と言っていました。
AIの仕事が遅いのではなく、
自分の判断待ちで、すべての仕事が止まってしまう。
まさに同感です。
では、作業だけでなく、
判断そのものもAIに任せるべきなのか。
そんな話になりました。
ちょうどその頃、
最近よく観ているYouTubeチャンネル
「海外Yパパラジオ 世界を読み解く」の動画で、
こんな言葉に出会いました。
「『どうしよう』を『どうしたい』に変える」
「これ、どうしよう」と悩んでいる時、
主語は「これ」という問題になっている。
「私は、これをどうしたいのか」と考えた時、
初めて主語が自分に戻る、と。
正直、ドキッとしました。
AIに指示を出しているのは私のはずなのに、
「どうしますか?」と聞かれた瞬間、
「うーん、どうしよう」
と、問題の側に立っていたのです(笑)
考えてみると、
AIが求めてくる判断には、大きく二つあるように思います。
一つは、目的や判断基準が決まれば、
AIに任せられる判断。
もう一つは、その目的や判断基準そのものを
決めなければならない判断です。
「私は、何をしたいのか」
「私は、何を大切にしたいのか」
という、自分の意思やこだわりが問われる判断ですね。
実際、私は自分の経営観や仕事上のこだわりを文章にして、
AIに渡しています。
まだまだ明確にしている途中ですが、
言葉にできた分だけ、AIも私の考えに沿った提案を
してくれるようになります。
裏を返せば、
AIが「どうしますか?」と聞いてくる判断の中には、
私がまだ言葉にできていない部分もあるということです。
つまり私は、AIに判断を求められているだけではなく、
自分のこだわりを、そのたびに問われている。
疲れるはずです(笑)
これは、AIの話に限りませんよね?
部下から一日中、
「この件、どうしましょう?」
と聞かれ続けて、疲れている上司。
方針や判断基準が共有されていれば、
部下に任せられる判断も増えていく。
逆に、それが曖昧なままだと、
一つひとつの判断が上に戻ってくる。
もちろん、
「AIに判断を任せるな」
と言いたいわけではありません。
任せられる判断は、どんどん任せればよいと思います。
ただ、その分、
「私はどうしたいのか」という判断からは、
これまで以上に逃げられなくなる。
楽になる判断と、逃げられなくなる判断。
AIを使えば使うほど、
そのことを突きつけられている気がしています。
ということで、今月の質問は、
「あなたが誰にも任せられない判断は何ですか?」
です。
役割上、自分が決めなければならないことではなく、
「これは自分で決めたい」
と思う判断を、考えてみてください。
そこには、あなたが仕事で大切にしているものが、
表れているのかもしれません。
ぜひ、考えてみてくださいね。
それでは、この1か月が皆さんにとって
引き続き「健康」で、有意義なものになることを祈念しております。
近況シェアはいつも通り大歓迎です。無理をしないことも。
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