中堅中小企業のこれからの対応策
中堅中小企業こそはじめやすい「コト」ビジネス
アズ・ア・サービスやサブスクリプションといった「コト」ビジネスは、定期収益と顧客獲得コスト(CAC)という単純な構造のため、「顧客をあと何件獲得すれば黒字にできるのか」という分かり易い収益モデルです。
そのため、身動きが取り易い中堅中小企業こそはじめやすいビジネスモデルといえるでしょう。
顧客囲い込みで価格競争を回避できる「コト」ビジネス
水上印刷はホームページに多くのメッセージを掲げています。
その1つに「1%のお客様に100%選んでもらえる会社でありたい」というものがあります。
水上印刷のフルサービスモデルは、より多くの自社サービス(コト)を使ってもらえることで囲い込みを実現し、印刷業という「モノづくり」の競争力の低下を、一連の「コト」体験で補完しています。
河合社長は、「UX(顧客体験)向上の鍵は、入口と出口にあると思っています」と言っています。
現在の業種業態の入口と出口の「コト」探しをしてみてはいかがでしょうか。
続けるのは難しい「コト」ビジネス
サブスクリプションブーム元年ともいえる2018年以降、業種業態、会社の規模を問わず、サブスクリプションへの参入は続いています。
IT系やメディア系といった、クラウドを通じてシステムを構築するだけの業種だけではなく、リースや年間パスなど、近隣のビジネスモデルや物販や外食産業といった全く違った業種からの参入も増えています。
「定額制課金」という安定収益は大変魅力的です。しかし、この旨味は、ユーザーの使用データに基づくレコメンデーションによる「より良い「コト」体験」を提供し続けられて、初めて味わえるものです。
「より良い「コト」体験」を提供できていないリースや年間パスといったビジネスモデルに多くの失敗例が出ているのもそのためでしょう。
新しくサブスクリプションに参入している物販や外食産業も折角レコメンデーションしても、提供しているのが魅力的な顧客体験でなければ淘汰されていくでしょう。
この他にも運用コストや「モノ」の摩耗の問題もあり、続けていくのは大変なことです。
中堅中小企業が取り組む上でのポイント
アズ・ア・サービス導入の際のポイント
アズ・ア・サービス導入の際のポイントは、実際に「コト」探しをしてみることです。今まで紹介した「コト」を整理してみました。
意味的価値(販売時・購入時に、顧客の解釈と意味づけによって創られる価値)
- 感覚的なデザインや感覚的なインタフェース
・「ルンバ」:インタフェース内蔵掃除機
・水上印刷のデザイン部門
- ソリューション
・「KINTO」:トヨタ車のサブスクリプション
・「my route」:Maasアプリ
・atsumariの楽器のシェア
使用価値(使用・サービス時に、利用者が商品を使用することから発生する価値)
- 「モノ」に対するアフターサービス(メンテナンス・交換など)
・「KOMTRAX」:建設機械メンテナンスサービス
・「マネージド・プリント・サービス」:複写機メンテンナンスサービス
・「メルスプラン」:コンタクトレンズのサブスクリプション
・Amazonのロジスティクス部門
・水上印刷のアッセンブリ(在庫管理)部門、ロジスティクス部門
・atsumariの楽器の保守点検サービス
- ユーザーの使用データに基づく新たな価値
・「Kindle」:web上で読書状況を同期しメモなどを共有できる「新しい読書体験」
・動画配信サービス(Netflix、Apple TV+ほか)のレコメンデーションによる新動画
・各種のファッションレンタルサービス:レコメンデーションによる新体験
・水上印刷のコンサルティング部門
- ソーシャルな領域でのユーザー同士の価値の二次創作
・「初音ミク」:音声合成ソフトウェアのキャラクターの二次創作
創造価値(生産・創造時の優れた商品を作り出すための仕組づくり)
・「ナレッジデータベース」:顧客の声を共有するデータベース
・「京都試作ネット」:複数中小企業の試作特化のソリューション提供サービスサイト
・「99デザイン」:ウェブを使って世界中のデザイナー(個人を含む)に依頼できる仕組み(
・「fab lab」:デザインは一般の人々がネットワーク上で協働しながら作成する環境
・水上印刷のバリューチェーン
・atsumariのシェアリング・プラットフォーム
・梅守本店の寿司の体験教室
カスタマ・ジャーニー構築時のポイント
①共感させる世界観を示せるか
水上印刷は「お客様の面倒くさいを、すべて解決する」という世界観を掲げています。
②利便性のあるサービスを提供できるのか
合同会社atsumariは同一のプラットフォームアプリで「貸す・借りる・買う・売る」全てが実現できるサービスを提供しています。
③企業として信頼性を提供できるか
水上印刷は誰でも知っている多くの一流企業と取引しています。
④隠れているニーズウォンツを刺激できる顧客体験を提供し続けられるか
合同会社atsumariは「コンクールなど一定期間だけ特定の楽器を使用したい」「子供の成長に応じて楽器をサイズアップさせたい」といったニーズウォンツを刺激する顧客体験を楽器のシェアリングという形で提供しています。
⑤ユーザーの悩み「what」ではなく悩みの原因「why」を追求できるか
実は「課題を見つけたら即対応」では定着に至らないことも多いのです。もう一段下がった悩みの原因の追究が必要となります。
水上印刷は、お客様のビジネスプロセスを改善するコンサルティングを起点として、提案するサービス内容を決めています。
⑥悩みを解決し楽しい未来をユーザーに示せるか
水上印刷は、お客様のPL構造を改善し、本業に集中できる時間を創造できるサービスを目指しています。
サブスクリプション導入の際のポイント
①運用コストに注意:CAC(顧客獲得費用)はシステムだけの提供で済むか、顧客増加とともにいくら費用も増加するのか
②顧客は月いくらまで出せる業種業態か
③黒字化前に摩耗しないか:売り切りモデルと違い「モノ」が摩耗する点、注意が必要
④単体のサブスクで収益化できない業界ではないか
①~④を失敗した例:AOKIの「suitsbox(スーツボックス)」
紳士服のAOKIが展開していた「suitsbox」というサブスクリプションサービスは、好評だったにもかかわらず半年で終了しています。
スーツ、シャツ、ネクタイをセットで借りられて、月1回交換ができるサブスクリプションサービスです。
新規受付を停止するほど集客には成功しました。しかし、スーツの減価償却費、配送費、クリーニング代などの運用コストがかさみ、黒字化が見込めないという理由でサービスは終了しました。
耐用年数2~3年のスーツのアズ・ア・サービスは黒字化前に摩耗する「モノ」でした。
月数万円出すなら自らスーツは新調しますよね。紳士服のサブスクリプションは単体では収益化が見込めない業種といえそうです。
おわりに
第4回は、中堅中小企業が「コト」ビジネスに取り組むにあたってのポイントを、第3回までの事例を出来るだけ挙げて説明してきました。
今回初めて取り上げたAOKIの失敗事例からは学ぶことが多いと思います。
「コト」が求められた歴史的経緯、「コト」自体の変遷、「コトづくり」の参加者の質・範囲が広がっていく過程を見れば、いま各中堅中小企業がどんな経営環境に置かれているか把握し易くなると思います。
水上印刷の事例を読めば、これから何をすべきかのヒントをもらえるのではないでしょうか。
著者:maru
2011年から中小企業診断士として経営コンサルタントをはじめる。
通常の企業経営コンサルから、無農薬農業経営、介護施設運営等の幅広い業種に関わり、
エンターテインメント施設の開業のための市場調査から、債務超過企業の事業デューデリジェンスまで、企業成長段階に応じたコンサルタントを行っています。