AIの得意な分野と不得意な分野
昨今のAIブームのおかげで、前職のころ、AIの研究に従事していたというだけでお仕事の打診を頂くことができました。
ただ、AIを実際に適用した例となると、非常に少なかったというのが正直なところです。
「弊社の営業で最近失注が増えていまして・・・」
「製造部門で同じようなミスが続いているのですが」
相談の入り方は様々ですが、
「AIさえ導入すればコンピュータが勝手に経営課題を解決してくれる」
という思い込みを皆様持っておられました。
AI導入は経営課題解決の有力な方法ではあります。ただ、どの技術でもそうですが、得手不得手があります。
AIが得意なことは、
「解法が分かっている問題の解決自動化」
です。AIの実体はコンピュータプログラムとデータで、さらにまたコンピュータプログラムは固定の手順です。固定の手順で書けないような動作をAIは出来ません。
例えば、
「営業部門の失注を減らす方法を探す」
ための手順を、人間が知らないのであれば、その方法をAIプログラムにすることはできません。
ドイツ政府が2011年に発表したインダストリー4。0のコンセプトでは、デジタル化された工場で、AIを搭載した製造装置同士が自律的に通信し、生産計画に応じて部品を融通したりする未来図が描かれました。
その具体的な適用事例は「自動車の製造」でした。
言うまでもなく、自動車製造には長い歴史があり、品質に差はあれど様々な国が自国ブランド車を製造しています。つまり、製造方法は確立されていると言って良いと思います。
中小企業様の業務の特徴とAI導入
それに対して、日本の、特に中小零細の製造業が営んでいる業務はどうでしょうか?
岐阜県にある、とある工業団地様々な大企業の下請けで材料を切削加工されている社長さんとお話したことがあります。
「相談したいのは、製造装置Aの、主要部品Zの寿命が読み切れなくて」
具体的なことは書けませんが、その主要部品Zと言いますのは、メーカー推奨の定期交換を数年毎に繰り返すと、1回のメンテナンス費用が軽自動車程度で済みますが、寿命を見誤ったり、無理に長期間使ったりすると致命的な破損をすることがあります。
その場合は高級外車程度の修理費用と、部品調達に数か月間を要するために、製造が完全に止まってしまいます。
「部品Zの振動や温度のパラメータを機械学習させれば、寿命予測が出来るかも知れません。ところで社長、製造装置Aはどのようなペースで使われていますか?」
「だいたい3カ月くらい同じ加工をしたら、次の注文が別会社から来ていて、その加工に切り替える、っていう感じですね。」
「う・・・そんなに頻繁に変わるのですか。」
「ええ、材料も、加工の仕方も変わります、」
3カ月ごとに手順自体が変わってしまうような製造ラインをAIで自動化することはほぼ不可能です。
仮にその製造ラインの作業手順が確定したとして、そこからプログラム作成とテストには合わせて2か月は必要ですから、ある加工手順をAI化出来た頃には、もう次の加工作業に変わっていて、最初からやり直しになってしまいます。
作業手順が確立されているならばAIは導入できるのか
では、仮に手順が確立されているような業務にAI、機械学習やディープラーニングを導入する場合はどうでしょうか?
チェスや将棋、囲碁といったルールが確定しているゲームにおいて、コンピュータは人間のプロにも勝ち始めていますから、導入は問題無いようにも見えます。
しかしながら、これも必ずしもYesとは言えません。
先程の切削加工会社社長との話に戻ります。
「じゃ、一般式で良いから、部品Zの寿命を割り出す計算式って導出できないかな?」
「ええ、データが十分にそろえば、可能だと思います。」
そうです、仮に手順(アルゴリズムと言います)が確定していたとしても、データが十分に無ければ機械学習は出来ません。
将棋や囲碁の場合、長年にわたって対局中の駒の動きと、その際の勝敗を記録した棋譜が、大量に蓄積されています。
近年、若手棋士はコンピュータで棋譜を見て研究されているらしいです。
これを使うと、ある局面でどういう手を打ったら勝利に近づくか、逆に、負けてしまうかを、コンピュータは学習することが出来ます。
大量のデータで学習し、対局に臨むことで、似ている場面に遭遇したら、コンピュータは最善の手を選ぶことが出来るようになるのです。
では部品Zの寿命を計算する場合はどうでしょうか?
「社長、部品Zが、正常に加工している間のデータと、破損してしまった時のデータを、出来るだけ多く用意して頂きたいのですが・・・」
「正常運転の方はデータベースに残っているけど、破損は先月の1回きりなんだよ・・・」
つまり、将棋の場合の棋譜に相当するものが、部品Zの破損については1回分しか無い状況です。
これでは学習のしようが無いので、部品Zを搭載する製造装置Aのメーカーさんに問い合わせました。
「貴社で販売されている製造装置の、部品Zの寿命を計算して予測したいのですが、例えば破損修理をされた時など、お客様からデータを収集されたりしていませんか?」
「無いです。基本的に、修理の時は復旧させるだけで、データを頂いたりはしないです。」
「でも、集めたらきっと、故障の傾向分析や装置の寿命予測が正確になりますよね?」
「仰る通りですが、製造装置のデータはマル秘ですから、お客様が出したがらないのです。そもそも、製造装置を組み込んだラインや工場自体がマル秘ですから、メンテの人間が入る時でさえ、秘密保持契約が必要なんです。」
確かに、同じ装置の使い方の工夫で価値を生みだされているわけですから、そこはマル秘になるのは当然です。
この時は結局、わずかなデータから無理やり機械学習を行い寿命予測の式を立てましたが、その信頼性はかなり低いと言わざるを得ません。
たった1つの棋譜を頼りに、将棋必勝法を編み出すようなものです。
AIに飛びつく前にパートナー(専門家)の選択を
では、経営課題の原因で改善したいと考えているビジネスプロセスが、実行手順も確定しておらず、データも揃っていないような時は、どうすべきでしょうか?
その時は、いきなりAI専門家の門を叩くのではなく、課題発見やビジネスプロセス改善研究の経験があるデータサイエンティストや、商学部もしくは経営学部の専門家にまずは相談すべきです。
そのうえで、本当の課題を発見するところから協力してもらえるようなパートナーを発見してから、課題に取り掛かるべきです。
AIの専門家は、課題が明確になった後の分析や計算は得意ですが、課題発見そのものや解決策の実施(ビジネスプロセスの改善)の能力は、経験によって変わります。
相談しようと考えている専門家の業績リストを見て、特に産業界との連携経験を確認されるのが良いでしょう。
経営課題の多くは、はじめに、業務に関する不安や不満の形で現れます。
ところが、それを単純に打ち消すだけの対策では、問題が再発します。
本連載の物流改善が、実は調達部門や他社とのしがらみに原因があったように、いくら物流部門だけ改善しても、それは対処療法に過ぎないのです。
経験のある専門家は、クライアント様から経営上の不満を聞いても、真の課題を発見するまでは、動き出しません。
出来るだけ多くのインタビューから課題発見に努める専門家は、信用しても良いと思います。
逆に、ろくに現場インタビューもせず、いきなり高価なツールを勧めてきたり、データと聞いたとたんにディープラーニングを語り始めたりするようなコンサルさんは、基本的には御社ではなく、自身の利益にフォーカスされていますから、注意した方が良いかも知れません。
著者:笹嶋宗彦(ささじまむねひこ)
博士(工学)。専門は知識工学。企業と大学両方の立場から、AI技術を現場に適用する
産学連携プロジェクトに数多く参加。現在は兵庫県立大学にてデータサイエンス系の
新学部設立に携わっている。AI応用は課題発見と施策の浸透までやってこそ、が信条。
人工知能学会論文賞2回受賞(1996、2012)