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日本的「近代的経営共同体」の理念

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第1部 現代企業の経営理念
第2章 日本的経営理念のあり方

第4節 日本的「近代的経営共同体」の理念

わが国においては、個々の企業の業績・成長とそこに働く従業員の生活は、分かちがたくむすびついており、事実として「運命共同体」をなしている。理念としてそうあるべきだということではなく、事実として、運命共同体なのである。

欧米、とくにドイツなどでは、戦前から「経営共同体」理念が、理論的に追求され、産業界の実践でもそのような理念が経営の指針になってきた。このような「経営共同体」理念は、付加価値生産・生産性向上をめぐる企業と従業員の利害の一般的一致を基礎にした付加価値生産の共同体を主張するものである。

もちろん、付加価値生産をめぐって企業と従業員の利害が一致し、共同体を形成するという主張は一般的には正しい。しかし、注意すべきことは、ドイツでは、個々の企業とそこに働く従業員の利害は、事実として、直接にむすびついているわけではないことである。いかに経営共同体を主張しても、不況になれば、レイオフは行なわれるし、従業員も正当な報酬がえられないとなれば、転職する。したがって、個々の企業レベルでの「共同体」の主張は、多分に、事実的基礎の薄弱な、単なる理念として主張されるものにとどまらざるをえないのである。

然るに日本においては、日本の企業において、企業と従業員が、事実として運命共同体的関係になっている。したがって、「経営共同体」の理念は、日本においてこそ、事実的基礎を明確にもつことになるのである。しかしながら、日本においては(事実として運命共同体的構造が存在するにもかかわらず)理念としての「経営共同体」の主張は、必ずしも明確でないのが現状であるように思われる。

日本においてこそ、経営共同体の理金が明確にされ、主張されるべきであるにもかかわらず、必ずしもそうではない、という現状の問題点を解明しながら、これからのわが国の「近代的経営共同体」理念のあり方を検討することが本節の課題である。

(1) 戦前の「経営家族主義」理念

第二次世界大戦前、わが国においては、職員層(ホワイトカラー)と工員層(ブルーカラー)の階層差が存在し、職員層は終身雇用であったが、工員層は終身雇用であるとはいえなかった。したがって、企業と従業員のあいだの運命共同体的関係は、もっぱら、企業と職員層のあいだにあったといえる。このような企業と職員層のあいだの運命共同体的関係を基礎に「経営共同体」の観念・理念が形成されていた。

戦前の「経営共同体」の観念・理念は、企業を「家」という共同体に擬するものである。企業を「家」に、経営陣を「家父長」に、従業員(職員)を「家族構成員」にそれぞれ擬し、戦前の家父長的な家族共同体における家父長と家族構成員の関係で、経営陣と従業員の関係をとらえる観念・理念が、「経営家族主義」である。

すなわち、家族構成員たる職員層は、家父長たる経営陣に「絶対的忠誠」を尽くし、家父長たる経営陣は、家族構成員たる職員層に「恩恵」を施すという家父長制的な意識・観念で、経営陣と職員層とが関係づけられていた。また、家族のなかで、力のある者が力のない者を助けるように「集団的な助け合い」で、職務が遂行され、戦前の家族では年長者が敬われたように、経営のなかでも、年功の順に序列がつけられた。

このように、前近代的な「経営家族主義」の観念・理念という形態で、戦前の日本の企業は、企業と職員層の運命共同体的構造を表現したのであった。

(2) 戦後の経営理念の混乱

戦後になって、職工員の階層区分は廃止されて同等の従業員となり、終身雇用慣行は、全従業員に拡大され、企業別組合の成立とも相まって、終身雇用は、名実ともに確立された姿をとるにいたった。かくて、企業と従業員の「運命共同体的構造」も確立されたのである。

他方、戦後のいわゆる「民主化」のなかで、とくに戦前の全否定が善であり、正義であるようなムードにも加速されて、家父長的な経営家族主義のもとでの、下から上への「絶対的忠誠」、上から下への「恩恵の賦与」という観念は、前近代的なものとして排斥された。

「前近代的経営家族主義」が排斥されたこと自体は、必ずしも誤りではないとしても、それでは、これに代わる「近代的な経営共同体」の理念が形成されたかといえば、必ずしもそうではなかった。

《第一》に、かつての下から上への「無条件的・絶対的忠誠」が、前近代的なものとして否定された代わりに、「民主主義」の名のもとに、下から上への「権利要求主義」が横行することとなった。おのれを空しくして、上に対して絶対的忠誠を尽くすことの裏返しとして、おのれの権利を、上に対して微底的に主張することが、「民主主義」と考えられたのである。

《第二》に、このような「民主主義」の錦の御旗のもとに行なわれる、下からの「権利要求主義」に対して、経営陣は、かつての経営家族主義理念の崩壊によってなすすべを知らず、「理念喪失」に陥ってしまった。

《第三》に、このような意識・観念の変質にもかかわらず、「集団的助け合い」的職務遂行は、「義務先行」を忘れた権利主張に都合よく「集団もたれあい」「ぶら下がり」式の職務遂行として温存・維持され、年功的処遇序列も年「功」ならぬ年「数」序列にまで安直化されながら維持されることになった。

このように、戦後期の日本においては、事実としての運命共同体的構造が確立されたにもかかわらず、それを適切に表現する理念形態、経営共同体理念はむしろ著しく後退し、混乱する様相を呈したのである。

(3) これからの日本の企業の経営理念のあり方

敗戦後、すでに半世紀以上の歳月がたち、一般的にいって、現在は、いわゆる戦後的価値観の反省期に入っているといってよいであろう。いわゆる戦後的な価値観ないしは思考の傾向・風潮は、戦前の裏返しを是とすることを基本的な特徴とする。戦前の国家主義に対する戦後の国家忘却(コスモポリタニズム)、戦前の軍国主義に対する戦後の絶対平和主義、戦前の精神主義に対する戦後の唯物主義、など。

戦後の一時期においては、戦前的価値観を否定するため、その単純な裏返しを強調することも必要であったろう。しかし、戦前を裏返すことが、正義や善や真理を保障することにはならないし、正しい実践を保障するものでもない。戦前が一つの極端に走って誤りを犯したとすれば、逆の極端に走ることも同質の誤りに陥る場合が多いのである。

したがって、われわれは、単に経営家族主義を全否定するだけで、近代的な経営共同体の観念をも喪失してしまうような思考を克服し、日本の企業における運命共同体的構造をふまえながら、真に「近代的」な経営共同体の理念を確立するのでなければならない。

「近代的」経営理念とは、近代的な個人主義・自由主義・民主制の社会思想と適合する経営理念をいう。戦前の経営理念が「前近代的」であったのは、《第一》に、個の確立を前提とせず、個人が家族的共同体のうちに埋没しており、《第二》に、企業と従業員の相互関係が、忠誠・奉公とそれに対する恩恵の賦与という家父長制的主従関係を軸に観念化されていたことによる。

近代的な経営共同体の観念にあっては、《第一》に個の確立が前提となり、《第二》に、そのような個人の権利・義務関係、契約関係、によって経営集団が形成されていると考えることが、基礎的な前提となる。

よって、まず、企業を形成する諸個人の職務=義務が極力明確にされ、その義務の遂行にともなう、権利=対価たる賃金の請求権が発生するという、権利・義務関係とその観念、契約関係とその観念が、基本的に確立されなければならないのである。

もちろん、わが国では、終身雇用制のために、どうしても、もち駒がかぎられたなかで配置せざるをえない事情があるから、職務範囲が担当者の能力によって、ある程度可変的になり、また、賃金・処遇も一00%労働の対価という合理的性格で測り切れず、これまでは年功的要素が加味されたという事情もあったことは事実である。

しかし基本は、職務とその遂行度に応じた賃金の決定という、権利・義務の観念、契約の観念でなければならない。それによって、戦前の「集団主義的・家族主義的助け合いと年功的処遇」と、それをささえた前近代的・半封建的家族主義、並びに、戦後の悪しき「集団ぶら下がり主義と年数序列的処遇」と、それをささえた誤った権利要求主義的・戦後民主主義的観念を克服しなければならないのである。

このような、近代的な契約関係を経営のなかで明確にしながら、事実としての運命共同体的関係を基礎に、⑴従業員諸個人は、自らの生活の現在・将来のために、経営全体の成長・発展に積極的に参画し、⑵経営陣は、経営全体を正しく指揮することによって、企業発展と従業員の生活向上に貢献するという、双方の自覚のなかで、経営が共同体としての内実をもつものとならなければならない。

すなわち、下から上へは、「積極的な経営参画」によって、上から下へは、「経営能力にもとづいたリーダーシップ」によって積極的にかつ自覚的に維持される経営共同体が形成されなければならない。これが、これからの日本の近代的経営共同体の観念であり、理念でなければならないのである。以上の事柄を、わかりやすくモデル化し図解したのが下図である。

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記事監修者

栗原 誠一郎
大阪大学基礎工学部化学工学科卒業。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(旧三和総合研究所)に入社。
経営コンサルタントの中核メンバーとして、人事関連分野を中心に活動。

2016年2月、20年来の業務提携関係にあった株式会社日本経営開発研究所にシニアコンサルタントとして入社。
2017年4月、株式会社日本経営開発研究所の代表取締役所長に就任。

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