こんにちは!栗原誠一郎です。
英蘭戦争にみる覇権争いの本質
・・・もう一つだけ、・・・歴史上の事実がある。平和時の通常の状態ならば誰も反対できないような公正な議論が、急に通らなくなることもあるということである。一言で言えば、「お互い損になるからやめよう」という議論が急に通らなくなって、「俺は損は覚悟の上だ。お前をつぶすのが目的だ」ということになってくるのである。
これは元外務省情報調査局長でもある外交評論家・岡崎久彦氏(2014年没)が1990年に文藝春秋に連載した(その後単行本化)「繁栄と衰退と」の一節です。
1651年、英国(正確には当時のイングランド共和国、以下同様)は、当時、中継貿易で繁栄していたオランダを中継貿易から排除するために、航海条例という法律を制定しました。
この法律は英国の貿易においては英国船しか認めない(英国に外国船を入れない、英国人乗組員が最低半数を占めること、英国製の船であること)というものです。
当時、オランダの船は小回りに優れていて、英国の貿易商もオランダの船を主に使用していたため、この航海条例により英国も損害を受けました。船舶不足から船舶運賃等も高騰し、物資不足が起きたのです。
この話、現在、トランプ政権が行っている保護主義政策とその影響と同じですよね。
では、英国は「お互いに損になるからやめよう」となったか?というと、そうはなりませんでした。
前述の岡崎氏の著作の中でも紹介されていますが、「(神の)見えざる手」として経済における自由主義の重要性を説き、すべての保護主義に反対していたアダム・スミスでさえも「国の安全は国の繁栄よりもはるかに重要であるのだから、航海条例は英国のあらゆる貿易規則の中で、おそらくは最も賢明なものである」と当時、述べています。
そうです。すでに貿易不均衡といった経済の問題ではなくなっていたのです。というよりは、オランダに覇権争いで勝つことが、最初からこの法律の目的だったのです。
工業生産力総額で既に米国を上回る中国
以前の記事「帝国の滅亡」で工業生産力が国力の源泉であり、実質MVA(製造業付加価値額)でみると、既にアメリカは中国に負けており、その差は拡大していると書きました。
遂にアメリカはそこに目を向け、まだアメリカに力があるうちに、中国を叩くという方向に舵を切ったのです。
実質MVAの総額で負けているとはいえ、基幹産業ではまだ米国が優位にあります。
そのことは今年春(2018年4月)にアメリカ商務省が米国企業による中国通信機器大手のZTEへの製品販売を7年間禁止すると発表。半導体部品が手に入らなくなったZTEが操業停止に追い込まれた事実はそれを雄弁に物語っています。
そして、12月、ZTEと同じく中国通信機器大手ファーウェイの副会長がカナダで逮捕されます。
事は、経済的締め付けの範疇を超えてきたように思います。
米中新冷戦の行方
さて、この米中新冷戦の行方はどうなるでしょうか?
2018年10月に行われたペンス副大統領のスピーチを踏まえて考えてみると、アメリカは中国が「資本の自由化」を容認するまで手を緩めないと思います。
中国は1990年のWTO加盟以降、外資の力を使って、輸出をエンジンに高い経済成長を実現し、米国に次いで多い62社ものユニコーン企業を抱える国にまで発展してきました。
こうした状況だけを見ていると、中国が日本やアメリカと同じ価値観をもつ国のようにも見えますが、当たり前ながら、中国は「資本主義的私有を労働者の貧困の原因と断じ、労働者国家の国有化をもって万能の処方箋とする共産主義国家」です。
したがって、どれほど改革・解放路線を進めても、最後は、全ての個人・企業は共産党による支配下にあるという前提がなくなるわけではありません。
例えば、中国は諸外国とFTA(自由貿易協定)を締結することはあっても、EPA(経済連携協定)を締結することはないのです。(中国の協定加盟状況)
なぜなら、FTAは特定の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定です。
しかし、EPAは貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定だからです。
つまり、物と投資などを全部含めた自由化の話なので、EPAを結ぶということは資本の自由化を認めることになるので、中国の共産主義の国是からすればEPAを結ぶことはありえない訳です。
中国も締結に前向きな東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は形態としてはEPAですが、貿易の自由化以外については中国も反対しています。
現在、米中で2国間による協議を行っていますが、アメリカからの輸入を増やすというという点では中国も譲歩できるでしょう。
それ以外については「共産党による支配」という原則があるかぎり、簡単には譲歩できないでしょう。
一方でトランプ大統領としては、2020年11月3日に実施が予定されている大統領選挙に向けて国民にアピールできる成果が欲しいところです。
米国の安全保障という点を考えれば、記事の冒頭で述べたように、徹底的に戦うということが正解でしょう。
ディール(取引)好きのトランプ大統領の今までの行動を考えれば、対中貿易赤字の解消という分かりやすい成果が得られれば、「一旦」それでよしとする可能性が高いと私は思います。
さて、皆さんはこの米中新冷戦の行方をどう読みますか?
私自身も現状の予想に確信を持てている訳ではありませんので、今後も状況を注視していき記事にしたいと思います。また、その記事を楽しみにして頂ければ幸いです。