前回まで、中堅中小企業向けのリモートワークの種類・機能、必要性・現状・課題についてご紹介してきましたが、今回は、製造業に絞って、先進的な事例を活用し、導入に向けた考察を深めていきたいと思います。
リモートワーク・製造業の現状
2020年4月10日~12日に行われた、パーソル総合研究所の「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によると、製造業でのテレワーク(リモートワーク)の実施率は、全業界平均27.9%に対して28.7%と、比較的実施が進んでいること分かります。
しかし、職種別にみると、コア業務である「製造職」は職種別全体の27.9%に比べて4.2%と低く、対象範囲が周辺業務に留まっていることがわかります。
【参考】パーソル総合研究所「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」
製造業のリモートワーク導入事例
実際にリモートワークを導入した中堅中小企業の事例を、導入のきっかけ、導入内容、今後の推進という視点で見ていきましょう。
【株式会社ウテナの事例】
会社プロフィール
同社は東京都世田谷区にある従業員規模150人の化粧品メーカーです。スキンケア、ヘアケア、ボディケア、メンズ商品等、多彩な製品を製造販売しています。
同社では、ヒューマンケア商品を扱う会社の特性から、「美しさはプライベートや仕事といった普段の生活の中で育まれるものであり、生きがいを持って働くことは、美しさに通ずる」と考えています。
リモートワーク導入のきっかけ
同社では早い段階から、営業部社員を中心に、災害時における対策としてのリモートワーク導入は進んでいました。
さらに、東京都の「TOKYO働き方改革宣言企業」にもなっている同社では、育児中の社員が数多く在籍し、今後は介護を行う社員も増加すると見込んでいます。
また、オリンピック東京2020大会等による交通混雑で通勤困難な状になることも考えられるため、リモートワークが不可欠な状況になると考え、育児や介護が必要な社員を対象としてモデル実証事業にも参加しています。
リモートワーク業務内容
同社では2009年からリモートワーク導入を開始しました。同社のリモートワーク体制は、首都直下型地震や、パンデミックによる社員の出勤率低下に備えた「BCP(事業継続計画)」の性格も有しているのが大きな特徴です。
マグニチュード5以上で社員携帯にメールが一斉に配信され、携帯端末から社員安否状況を登録し、管理者が確認するシステムを利用していますが、同社の基幹業務である、代理店からの受注情報から倉庫へ出荷指示を行う受注・出荷業務システムは、通常社内LANに接続したPCで業務を行っているため、出社が困難な状況で対応を検討する必要がありました。
そこで同社では、同基幹システムに対して、3G回線にて専用アプリをインストールしたA5サイズパソコンからID/PWで接続可能な体制を整備しました。
さらに、基幹業務のEDIシステムをサーバー経由ではなく、非常時PCに情報 をダウンロードしたりFAXで対応したりするBCP対策も準備しました。
その結果、災害時も平常時にも、業務がスムーズに運営できる体制が出来ました。
今後のリモートワーク推進
今後、システムを外部クラウド化や、大阪にバックアップシステムを置くことも検討しています。
また、グループウエア等で現在会社支給PCをクラウド化し、iPadやスマホで利用することを試験的に実施し、受注出荷業務システムも利用可能となる見込みです。
さらに将来的には、専用PCやソフトがなくても簡単な接続で業務が出来るように、徐々に利便性を上げていきたいと考えています。
育児や介護で在宅勤務が必要な社員に対しては、モデル実証事業後、複数の管理職が同時にリモートワークを行った際の検証も含めて再トライし、会社全体にリモートワークを普及させようとしています。
【参考】東京テレワーク推進センター テレワーク実践事例紹介 株式会社ウテナの事例
https://tokyo-telework.jp/casestudy/detail?id=1
【参考】総務省テレワーク情報サイト 導入事例検索 株式会社ウテナ
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/furusato-telework/search-case/pdf/05-10.pdf
【株式会社荏原精密の事例】
会社プロフィール
同社は神奈川県横浜市にある従業員規模26名の精密部品の製造業です。精密プレス部品、精密板金、絞り加工部品、切削部品、試作部品、プレス金型設計および製作、治工具設計および製作などを行っています。
(対象分野としては、航空部品、船舶部品、自動車部品、コピー機、プリンター、郵便区分機、ATMなど内装金属部品などがあります。)
リモートワーク導入のきっかけ
同社では、数年前からリモートワークについて意識し始め、リモートワーク関連のセミナーなど、情報収集を始めていましたが、代表者自身が新しいことへのチャレンジを推奨しており、リモートワークについても「まずはやってみよう」と積極的な考えでいました。
具体的には、2019年4月に、女性スタッフの一人が2人目の子供の育児休業から復帰したことや、従業員の平均年齢が45歳で、親の介護に直面するスタッフも出てきている事などを踏まえ、育児や介護などの事由があっても働き続けられる会社となるための1つの方策として、リモートワーク導入を決めました。
リモートワーク業務内容
2019年12月から同社ではリモートワークを制度化しました。
対象としては、育児中の社員や介護を必要とするIT事業推進室の社員、そして営業社員でした。IT事業推進室の社員はオフィスワークを中心にリモートワークを活用しています。
遠隔地に住む営業社員などは、外出先で見積・提案書作成などの業務を済ませ、直行直帰できるようになっています。
丁度同じ時期に同社では、時差出勤や時間年休の制度も取り入れ、よりリモートワークが利用しやすくなったようです。
同社は少人数運営しているため、経営側から見てスタッフの性格やパフォーマンスを充分に理解しているため、導入もスムーズでした。
また、リモートワークの際の定期報告も始業時と終業時に限定しているため、社員を信用し、社員側から見ても活用しやすい仕組みになっています。
今後のリモートワーク推進
現在のリモートワークの対象業務は、はパソコンを活用したオフィスワーク中心ですが、将来的には、CAD設計職や加工職にも範囲を広げ、IoTを活用して遠隔での製造業務にもチャレンジしようとしています。
【参考】厚生労働省 テレワーク総合ポータルサイト 導入事例 株式会社荏原精密
製造業のリモートワークまとめ
今回は、中堅中小企業それぞれの製造業にスポットを当てて、その取り組みを見てきましたが、いかがだったでしょうか?
製造業においては、コア業務そのものにはまだまだリモートワークのハードルは高いものの、受発注や営業活動など、徐々にその対象範囲も広がっていく事でしょう。
さらに、企業規模に関わらず、株式会社荏原精密の代表の考え方ように、「まずはやってもよう」というチャレンジ精神が、早期に効果を生む点にも着目出来る事例でした。
また、株式会社ウテナのように、リモートワーク手法を災害時における基幹業務継続のための手法と捉えていることも、私たちに、大きな示唆を与えてくれます。
また、近年、コア業務である「製造」そのものも、リモートワークの可能性が出てきました。
インターネットの通信速度が2020年3月から順次、4Gから5Gへと高速化しているためです。5Gの通信速度は4Gの20倍、通信の遅延は4Gの1/10で、同時接続できる機器の数は、4Gの10倍と言われています。
工場の設備や制御機器を5Gに接続することで、「スマート工場化」が可能になる時代も、すぐそこまで来ているわけです。
こんな時だからこそ、コア業務のリモート化も研究していきたいものです。
著者:hanbaishi
中小企業診断士。専門は経営・マーケティング・起業家指導・IT化支援。・TBC受験研究会にて診断士講座講師、福岡県産業・科学技術振興財団ベンチャースクール講師を経て、現在、専門学校で販売士検定・起業論・就職指導を行う。著作「中小企業のためのASPサービス導入に関する調査・研究(中小企業診断協会)」「繁盛店への道(財団法人福岡県企業振興公社刊)」等。趣味は黒鯛の落とし込み釣り、魚料理。