見落としてしまったこと
さて、A社の物流部門でのインタビューを終えて、単純に、輸送経路を最適化すれば利益率が改善されると考えた(考えてしまった)私は、輸送経費を算出するモデルを作ろうとして、手が止まりました。
「あ、輸送単価が分からない・・・」
どんなモデルを作ろうと、単位距離当たりの運賃が分からなければ、輸送コストは算出できません。
ただ、物流部門において、輸送単価表は原価を表しますから、秘密保持契約したとはいえなかなか出しづらいものです。
運賃表の違和感
しばらく待って、輸送距離と運賃の関係をグラフにしたものを、A社物流部門のE課長から頂きました。運賃表を挟んで、作戦会議です。
「ごく普通の感じだね?」
「そうですね、長距離ほど単価が安くなってますね。」
「まぁ高速道路のETCなんかも長距離ほど割引あるし、それに倣った感じかな?ひとまず、運賃算出のモデル式にその単価表を組み込んだら、B社さんに最初の報告が出来るんじゃないかな?」
「ええ、そうですが・・・ちょっと変じゃないですか?」
「?」
「中間倉庫を作るということは、同じお客様に1回で直送していたのを短く分けて数回で配送するということですよね?距離が縮んだら単価が上がりますから、工場から直送する場合より、1回あたりの総運賃が上がりますよね?つまり理論上、中間倉庫を建てれば建てるほど、同じ距離を配送する運賃が高くなりますよ?」
「どういう事?具体的に説明してくれる?」
「例えば、A社大阪工場から100キロ離れたところにお客様配送先があるとします。中間の50キロ地点に倉庫を建てて中継した場合、運賃表で50キロ以下の距離に対する輸送単価が適用されますから、100キロを直送した場合よりも、分けて配送した方の運賃が高くなってしまいます・・・」
インタビューで犯したミス
慌てて(という様子は見せずに)物流部門のE課長にアポを取り、運賃表について確認します。
「E課長、運賃表については、これ1つに全社が従っておられるのでしょうか?」
「はい、そうですが?」
「つまり、1キロメートルあたりの輸送費は、短距離ほど高くなりますよね?だとすると、中間倉庫を利用する場合は、直送の場合よりも、配送距離が短くなりますから、運賃としては割高になりますよね?」
「・・・ええ、そうなりますね。」
「じゃあなぜ、中間倉庫を建てるのですか?直送のままのほうが安いのに?」
「正直なところ、弊社の配送部門はパンク状態なんです。大阪工場からの出荷だけで、毎日500台以上大型トラックを手配してますから、輸送単価表を見直している時間が無いんですよ。」
「では、例えば配送先ごとに料金表を変えるなどは?」
「難しいですね、手配したトラックの運行状況管理とかやらなきゃならないことがたくさんあるので、いちいち個別の経路まで見てられないです。なんせ業務効率化とかで人が減らされているので、これで手一杯なんです・・・」
「そうなんですね・・・そういえば、実際の輸送は関係会社に委託されていると仰ってましたね?」
「はい。2社にお願いしています。」
「あの料金表で受注されて、あとは経路に関係なく、距離だけで計算した運賃をその運送会社にお支払いされる、と?」
「そうです。あとはお任せしています。というか、捌ききれないので、そうするしかないのが実情です。」
初回の現場インタビューで確認し忘れたのは、運賃単価でした。
実際には、インタビューから運賃表入手までタイムラグがあり、その間、輸送経路最適化を軸にした収支改善計画を練っていたわけですが、これが全く時間の無駄ということになってしまいました。
なぜなら、いくら経路を工夫しても、それはA社様の物流部門が手を出せない、運送会社の業務範囲にあり、A社様にとっては実行できない改善策だからです。痛恨のミスでした。
問題の発覚を遅らせていたものの正体
それから数日、上司に呼ばれました。
「A社さんの件だけど、色々聞いて事情が分かってきた。」
「不思議なんです。なぜ、運賃が上がってしまうのに、これまで中間倉庫でうまく行っていたんでしょう?」
「いくつか秘密はあるんだけど、まず、A社さんの売上の計算の仕方に秘密がある。A社さんの場合、工場から出荷された時点で出荷額が確定するんだけれど、それを売上としている。」
「あ、ちょっと待ってください。A社さんのお客様はメーカーさんで、部材を出荷されてますから、お客様のところで製品に再加工されますよね?製品にならなかったものは?」
「原則、お客様が製品に加工することが確定している分量だけをジャストインタイムで出荷することになっているから、理論上、それは存在しない。」
「理論上?実際はどうなんです?」
「そこがポイント。かつては、A社のお客様、つまり、メーカーの力が強くて、そこが製品加工したものは、必ず小売りが買い取っていた。つまり、過剰に仕入れた分のリスクは小売りが全面的に負っていた。だけど、時代が変わった。今は小売りがメーカーより強い。」
「あ!コンビニとかスーパーですか?」
「そう。メーカーは、受注から出荷までに、製造のための時間が必要だから、ある程度先に、見込みで小売りさんから受注する。ところが出荷までの間に、消費者の好みが変わったりすると、予定の注文を変更することがある。」
「いまは2、3カ月でコンビニの商品も変わりますよね。」
「そう、小売りの店舗も生き残りをかけて必死だから、売れそうに無くなったものは注文を減らしてしまう。メーカーも、コンビニの店頭に置いてもらえなくなったら終わりだから、言うことを聞かざるを得ない。」
「つまり、需要予測の読み間違いのリスクが、だんだん上流に戻ってきている、と。」
「そう。昔は出荷イコール売上だったんだけど、今は一致しなくなってきた。でも、A社さんほどの規模だと、基幹システムをそう簡単に変えるわけにもいかないから、相変わらず昔の定義に従って売上が計算されている。」
「もしかして、中間倉庫にあるのは・・・」
「もちろん、配送量を調整する本来の役割も果たしているんだけど、実はデッドストックもそこにある。」
「つまり、見込みで出荷したけれど、キャンセルが入った分がそこで野積みになっていると・・・」
「正確には中間倉庫を見て回らないと分からないけれど、その可能性が非常に高い。」
「しかし、B副社長は工場長を経験されていますよね?そんなカラクリには気づくのでは?」
「ちょっとこれ見てみてくれる?先月の役員報告会の資料なんだけど。B副社長から借りてきた。」
「あれ?先月と言えば、商品Zの回転が悪い、ってA社様にデータ提供しましたよね?売り上げの推移はとても順調に見えますが・・・あ!」
「そう、文字が小さいけれど、よく見るとこれ、グラフ1個に全商品がまとめてある。A3資料1枚しか許されていないから仕方ないんだけど、全部の平均を取ってしまったら個別商品の動きは埋もれてしまって分からないよね。A社大阪工場の主力商品は何個もあったでしょ?」
「役員報告は月1回ですし、全商品の平均をとると、そこそこの数字にはなるんですね。グラフのマジックだ。」
「ははは、感心している場合じゃなくて、これでは誰も個別商品の不調には気づかないよね。」
「なぜこんなことになるんでしょう?」
「君もサラリーマンなら分かるだろう?つまり、できるだけ長く、元気で仕事を続けようと思ったらどうする?」
「・・・あ、周りとの衝突を減らす、ですか?」
「そう。A社さんの今回の案件は、意外と根が深い。」
仮説:サラリーマン心理が悪さをする仕組み
ここからはあくまでも我々の仮説です。
「現場責任の部長としては、役員との衝突を防ぎたいから、できるだけ良い報告を作る。ついでに、高齢の役員に余計な心配をかけたくないなどという理由で、自分を納得させたりもする。
それで時間を稼いでいるうちに、市場が好転することもあるから、決算時期には辻褄が合ったりする。辻褄が合わなかった場合の言い訳も、その間に考える。」
「役員会の1枚もの資料のグラフ、ですね。」
「そう。で、その衝突回避したい、っていうサラリーマン心理が、色々な部門で悪さをしているとしたら、状況の説明がつくと思わないか?」
「そういえば、調達部門は、毎年2回、お客様から見込みで受注していて、原材料を調達されていると言ってましたね。」
「例えばね、その原材料メーカーの営業さんが、必要な数量の3倍仕入れてくれたら値引きしまっせ、と言ってきたらどうする?」
「・・・買いますね。」
「なんで?3倍だよ?」
「A社さんの製品は腐らないですから、原材料を多めにストックしても良いですよね?それより何より、他社営業さんとの付き合いを考えたら、提案は受けた方がケンカにならなくて良いですよね?会社に対しては、割安だったから買った、と言い訳できそうですし。」
無難な判断の連鎖が問題を飛び火させる
「そう、そこが問題。同じことが製造、営業、配送、全部の部門で言えるでしょ?」
「そうですね、製造部門は、突然ある商品が好調になった時に製造数が不足すると営業部門に怒られるから、最初から多めに作っておく。営業部門は、お客様からの注文が増えた時にすぐ卸せないとお客様に怒られるから、多めにストックしておきたいと考える。
で、製造部門に多めの製造オーダーが営業部から来ても、争いたくないから、営業部の言うなりになって、多めに製造する。」
「それで、作り過ぎた分は、中間倉庫で眠るけれど、問題が顕著になるまでは、役員にも分からないから、問題が発覚するまでは中間倉庫に置いておけばいい。」
「つまり、各部門の担当者がサラリーマンらしく動くと、死蔵在庫が増えてしまうのに、なかなか表には出てこない、と。なんというか矛盾ですね・・・」
そもそもは物流部門の改善というお題だったのですが、こうなってくると調査対象を他の部門に広げる必要がありそうです。
現場で日常業務に追われるA社従業員の皆様に、業務外の負担を増やすことはなるべく避けたいですから、どこまで飛び火さていいものかと思案しはじめました。
<次回へ続く>
著者:笹嶋宗彦(ささじまむねひこ)
博士(工学)。専門は知識工学。企業と大学両方の立場から、AI技術を現場に適用する
産学連携プロジェクトに数多く参加。現在は兵庫県立大学にてデータサイエンス系の
新学部設立に携わっている。AI応用は課題発見と施策の浸透までやってこそ、が信条。
人工知能学会論文賞2回受賞(1996、2012)