はじめに
はじめまして、笹嶋宗彦と申します。少し変な経歴を辿っていまして、大学で博士号を取得後、企業、大学、企業、大学と、大学と企業を2回、出たり入ったりしています。
出入りが1回の方は何人か存じていますが、2回の方にはまだお会いしていません。
2回目に就職した企業はとても小さな会社で、肩書がプロダクトマネジャーなのに部下が全くいませんでした。このあたりから察してください。
途中いろいろありまして、支えてくれた家族には大変苦労をかけましたし、今もかけています。
1回目の大学への就職では、主に人工知能関連の技術を産業応用する、産学連携プロジェクトを担当していました。
通算するともう20年以上、産学連携の、主に企業寄りの現場で仕事をしてきたことになります。専門はAIです。
特に知識工学(人間の知識や知的活動をどのようにコンピュータ上で表現し取り扱うか)を研究していました。
そのため、大学に所属していた時はもちろん、企業在籍時代にも、AIに関係ある仕事をしていると知られると、様々な方からご相談を受けるようになりました。
タイトルから察して頂けますように、AIで何とかならないか?という相談は、実際はAIの出番では無いことの方が多かったのです。
流行や誤ったアドバイスに乗って、拙速にAI導入を進めてしまい、結果、損をされることが無いように、本記事ではAI導入のひとつの考え方をお伝えできればと思います。
A社副社長からの依頼
さてある日のこと。企業A社から相談の連絡があり、後日、大阪市内にあるA社の応接室へと通されました。
A社は、某商品の国内市場シェア三番手で、東京と大阪に立派なオフィスを構えておられる他、全国各地に支社を構えておられます。
定刻となり、応接室には副社長のB様が入ってこられました。B副社長はある支社の工場長を経て役員になられた経歴をお持ちです。これまでもお仕事でご一緒したことがあり、いつも単刀直入に話を始められます。
「どうも。実は、ここ数年、経営環境が厳しくなり,利益が延びていない。」
実はこのような相談は珍しくありません。そもそも経営改善のような課題は、なかなか社外には相談しにくいものです。
多かれ少なかれ、相談先に企業の内情を明かすこととなるため、原因が明らかな場合もそうでない場合も、企業様はまず、出来るだけ自社内で解決しようとされます。
原因が明らかな場合は、社内で対策を立てられますので、相談されません。
原因が分からなくても、社内で対処をされた結果、何らかの効果が得られた場合も、やはり社外には相談されません。
社外の者に仕事が回ってくるのはその後ですので、原因が良く分からないというのは珍しく無いことです。
また、こうした相談事はコストがかかるため、それが出来るのは、業績が良いか体力のある中堅以上の企業だけだと思います。
コストがかかる理由は、何もコンサルタントが相談料をふっかけているから、とは限りません。
売上高・仕入れ・原価率など、経営の指標は様々ですが、それを分析出来る社員がいない会社様では、その作業を外部のコンサルタントやアナリストに委託することになります。
社外の人間が、委託元企業の業務プロセスをしっかり理解し、経営分析の協力関係を現場と結び、そのうえで調査・測定・分析をするためには時間と労力と費用がかかります。
経験的には、最初の営業から分析作業を受注するまでには、少なくとも半年はかける覚悟が必要です。
こうした作業にかかる費用が、分析業務を外部委託するために必要なコストを押し上げています。
最初のターゲットは物流改善
さて、B副社長からのご依頼に戻ります。
「何か、心当たりはございますか、B副社長?」
「それが良く分からない。主力商品Cの卸価格はほとんど変わっていないし、固定費の削減についても、十分では無いかもしれないが、進めている。」
「他には?調達や製造、物流については?」
「そういえばここのところ、流通経費が高くなってきている。担当部署の説明によれば、ネット通販が急激に伸びてきたために、トラックと運転手の確保が難しくなっていて、グループの運送会社だけでなく外部の業者にも委託を始めたらしい。」
皆さんご存知の通り、大手ネット通販会社がここ数年で大変便利なサービスを開発しております。
例えば大手ネット通販のD社では年間数千円の会費を支払うだけで、購入した商品が翌日に届きます。
その仕組みを支えるのが大小さまざまな運送会社ですが、あまりに作業量が多くなったため、輸送費で流通業者と通販会社が揉めたというニュースも記憶に新しいかと思います。
今回のA社様は、輸送費高騰の影響をまともに受けてしまわれました。
A社様は、全国各地の工場で、それぞれの工場が得意な、商品Cの異なる種類を製造されています。
各地の工場からそれぞれが全国に向けて出荷するため、どの工場からも短距離・長距離・様々な距離の輸送を確保せねばなりません。
そうした日々の業務に追われる現場では、輸送費を削減する解決方法を考える暇も無い状態でした。
それでもA社様の業績は好調で、取扱量は増えていきますので、子会社だけでなく、外部の運送会社にも輸送を依頼するような状況になっていました。
「流通経費が高くなっていることは、他社様でもお聞きしています。ところで、物流改善にA社として取り組まれた経験はございますか?」
「実は数年前、別の支社で物流を改善するプロジェクトがあり、それで数十億を削減できたことがある。ここ大阪支店が管轄する大阪工場の物流を改善できるのではないかと考えているが、どうだろう?」
実はB副社長、工場長の時代に、物流の問題に気付かれて、改善策をとった経験をお持ちでした。
経営指標改善は、本来、社員全員が意識すべきことなのですが、製造現場で働く社員は、日々の生産目標達成が至上命題で業務に追われていますので,なかなか全体に目が向きません。
そもそも、全体を改善しても評価されませんので、当事者意識が沸かず、目が向きません。
自然と、多くの企業では工場全体の改善で評価される部長、工場長クラスの方がその仕事をされています。
上で書きました通り、物流コストは年々上がって来ていますので、その改善効果は業種に関係なく、大きいと考えられます。
A社様ほどの規模であれば、一部の改善であっても数十億の効果が得られたとおっしゃるのは不思議ではありませんでした。
「承知しました。それではまず、物流担当の部門と打ち合わせさせてください。」
まずは物流部門の業務を理解し、関連する部門(製造・出荷・検査・など)の調査を行い、それから分析にかかることにしました。
<次回へ続く>
著者:笹嶋宗彦(ささじまむねひこ)
博士(工学)。専門は知識工学。企業と大学両方の立場から、AI技術を現場に適用する
産学連携プロジェクトに数多く参加。現在は兵庫県立大学にてデータサイエンス系の
新学部設立に携わっている。AI応用は課題発見と施策の浸透までやってこそ、が信条。
人工知能学会論文賞2回受賞(1996、2012)